第10話 ノルトハイム平原1
「それでは、出発するぞ! 目的地は、ノルトハイム平原のさらに先だ!」
宿屋から北へ向かい、商店街を抜ける。そこから、右へ曲がると、左手には兵士の宿舎が、連なるように建っている。それをまっすぐと進むと……
「見えてきたぞ! あれが東門だ!」
東門には、馬車乗り場があった。しかしそれは、今回の目的地に向うものではなかった。つまり、今回の旅は、徒歩ということである。
「まずは、王都の北側に向うぞ! 城壁に沿ってな!」
「北門の前にでて、そこからさらに北に進んで、ノルトハイム平原ということね!」
「あれ? 北門って、そこからでれば、早かったんじゃないの?」
当然の疑問を口にする、勇者。
「それはじゃな、北門が開かずの門だからじゃよ!」
「開かずの門?」
疑問点が連続して現れ、勇者は混乱しているようだ。
「城の裏手には、門があるんだけどね、その門は王族専用の門なの!」
「だから、ボクたちじゃ通れないわけだね! でも、開かずの門なんでしょ? 王族の人たちも、それじゃ通れないよね?」
「その門は、有事の際、脱出に使われるものなの。ただ、今まで1度も開かれたことはなくてね。まあ、ずっと平和ってことね!」
「そういうことか! 納得!」
勇者は手のひらを、ポンッと叩いた。納得のポーズということだろう。
しばらく進み、北門の手前までやってきた。
「おい! なんか北門の前に、馬車がとまっているぞ! 変ではないか?」
「入り口を間違えた、商人かなにかじゃろう。よくあることじゃ!」
「でもさあ、馬車の向き、おかしくない? 外側向いてるよ?」
「たしかに! 間違えたのなら、内側を向いているはずだな!」
「……ねえ! あれって、お城からでてきたんじゃないの?」
『!!?』
勇者の一言に、戦慄が走る。
「城でなにか、起きたのかもしれない! 急ぐぞ! みんな!」
北門に向かって駆け出す、ジャクリーヌ。その後に、全員がつづく。
「怪我はないか! 大丈夫か!」
馬車の扉を叩きながら叫ぶ、ジャクリーヌ。
すると、馬車の扉が開き、人が降りてきた。
「うるさいわねえ。静かにしなさい、ジャクリーヌ」
「!? お……王女様!」
馬車に乗っていたのは、王女だった。やはり、城でなにか起きたのだろうか?
「王女様、王や王妃様はご無事でしょうか?」
「なにを言ってるの? 私は、プレゼントを渡しにきただけ」
「……と言いますと?」
「あなたたちの旅に、馬車があると便利でしょ? だから、持ってきたのよ! おわかり?」
ジャクリーヌは、話が全く飲み込めず、目を白黒させている。
「王女様は、ワシらの旅の手助けをしてくださる、そういうことじゃろうか?」
「まあ、そうなるわね。私はもう戻るから、あとは好きにしなさい」
王女はそういうと、門から中に入っていった。その後ろには、纏わりつくように燕が飛んでいた。ちなみに、その燕は、風の妖精パウが変身した姿であった。王に頼まれて、密かに王女の護衛をしていたのだ。
「馬車くれたね! 王女様!」
「そじゃの!」
「せっかくのご厚意だ! ありがたく使わせてもらおう!」
「わーい! 馬車だ、馬車だ!」
ガチャリ、さっそく馬車に乗り込む、勇者パーティー。
「ほう! 中はしっかりとした、つくりじゃのう!」
外装は、旅商人が長年使い込み、乗り潰す寸前のような、ボロ馬車であった。しかし、内装は、豪華な装飾がされた、まるで貴族が乗るようなものであった。
「あれ? 椅子になにか、置いてあるよ?」
「これは、マントだな! ……そうだ! ニコラちゃんつけてみろ! きっと似合うぞ!」
勇者はマントを装備した。
「このマントかっこいい! 赤い色もかっこいい!」
「とっても似合うわ! 鎧の青にも、あいそうだしね!」
「馬車も手に入り、ニコラちゃんの新装備まで手に入った! この勢いのまま、進むぞ!」
「……どうやって?」
『!!?』
イザベルの一言で、いままでの勢いは、きれいになくなった。
「そうじゃ! ワシらには、馬車を運転できる者がおらんかった!」
「……馬車……置いてく?」
「まあ、そうするしか……!? んっ? 馬車が動きだしたぞ! どういうことだ?」
突然、動き出した馬車。不可解な現象に、戸惑いが隠せない。
「ぼくだよ!」
運転席側の小窓から、声が聞こえる。
「クン! お前だったのか!」
「へー! 馬車、運転できるんだ!」
小窓から、運転席を覗くと、クンが前足を起用に使って、手綱を操っていた。
「これで、馬車の運転手問題は、解決じゃな!」
「それじゃ! 改めて、目的地の北へ向かうぞー! えいえいおー!」
『えいえいおー!』
ノルトハイム平原の旅は、順調に進んだ。馬車の存在によるものもあったが、もう1つ大きな理由があった。それは、国王の茶飲み友達ディールの存在であった。ドラゴンである彼が、しょっちゅう平原の上空を飛んでいたため、ノルトハイム平原には、恐れをなしてモンスターが寄り付かなくなっていたのだ。そのおかげで、平原は動物たちの楽園となっていた。
「よし! 今日はここまでにして、野営の準備をしよう! クン! とめてくれ!」
丁度あった、良さげな木の下に、馬車をとめるクン。
「今日の晩飯は、ニコラちゃんに任せたいんじゃが、どうかの?」
「うん! まかされて!」
勇者は、胸をぽんと叩きながら、そう言った。自身満々のようだ。
「材料は、なにがあるの?」
「カバンを目一杯開くから、見てくれるかの」
この世界のカバンは、殆どが、たくさん収納ができる、魔法のカバンである。中が特殊な空間になっており、見た目以上の容量となっている。シモンのカバンは、勇者パーティー5日分の食料が入る程度の容量だ。ちなみに、それ以外のカバンというのは、おしゃれ目的のみのものである。
「冷たっ!」
「ワシのカバンは、冷気が付与してあるからのう。食材を長持ちさせることができるんじゃ」
「あれ? 調味料がないよ?」
「それは、あたしのカバンね! えい!」
カバンを目一杯に開く、イザベル。
「あれ? 冷たくない?」
「あたしのは、乾燥が付与してあるからね。薬品の材料や、調味料なんか、乾燥した環境に適したものを保管しているわ」
「あと、鍋や食器は?」
「とうとう、ワタシの出番だな! とう!」
カバンを目一杯に開く、ジャクリーヌ。
「ジャクリーヌの付与はなに?」
目をキラキラさせて、期待の眼差しを向ける勇者。
「いや、ワタシのは……なにも付与されてないんだ……」
勇者の期待を裏切ってしまい、居た堪れない気持ちになる、ジャクリーヌ。
「付与は魔力がないとできんのじゃ。戦士系職業のヤツは、だいたいできぬな」
勇者は、それぞれのカバンから、必要なものをとりだした。
「イザベル、重曹かベーキングパウダーってない?」
「重曹ならあるわ。ベーキングパウダーっていうのは……知らない……」
「ふくらし粉なんだけど……」
「ああ! ふくらし粉ね! それならあるわ! 両方いる?」
「ふくらし粉だけでいい」
勇者は調理を開始した。
3人は待っている間、焚き火の周りに、落ちていた木や石などを使い、テーブルや椅子になるようなものをつくっていた。
そして、料理が完成した。
「はい! どうぞ!」
それぞれのテーブルに、料理を置いてまわる勇者。
「焼きたてパンと、シチューだよ!」
「パンから漂う小麦の香りと、シチューという白い食べ物から溢れ出る、甘くて優しい香り、たまらんのう!」
「焼きたてパン? あれ? パンって発酵させたり、時間がかかるものなんじゃないの?」
「それは、ふくらし粉を使ったんだよ! ふくらし粉を使えば、発酵させなくても、しっかり膨らむんだ!」
「その話はもういいじゃろ! それより、早く食べるぞい! ……それでは、手をあわせてください!」
「ちょっとまて! このパン、オーブンもなしにどうやって、焼いたんだ?」
「ダッチオーブンの要領で焼いたんだ!」
「ダッチオーブンとはなんだ?」
「炭火の上に、パンの生地をいれた鍋を置く。その上に、フライパンを蓋のように置いて、その中にさらに炭火をいれる。すると、ダッチオーブンが完成! ということだよ!」
「そんな調理法があるとは! 驚きだな!」
「今度こそ、話は終わりじゃ! 食べるぞい! ……それでは、手をあわせてください!……いただきます!!」
「いただきます!!」
シモン悲願の食事が、やっと始まった。
「なんじゃ、このパン! フッワフワのもっちもちじゃないか! ワシ、こんなパン始めて食うたぞい!」
「このシチューという食べ物、クリーミでまろやかさがあって堪らないな。程よくついたとろみが、具材の鶏肉や野菜と絡み合って、まさに絶品といえる品だな!」
勇者の料理に舌鼓をうつ、仲間たち。勇者も自身の料理の味に、納得していたようだった。ちなみに、クンには、塩分を控えたシチューと、牛乳に浸したパンがだされていた。
食後の片付けを終え、馬車に戻った、4人と1匹。
「いやー、この馬車。ベッドまで備え付けてあったとは、驚きじゃのう!」
「しかも、広いし! なにこの空間魔法! ベッドを出した途端に広がるなんて、どういう仕組なの?」
馬車の椅子は、引き出すことができ、ベッドにすることができた。引き出すと同時に、少し上の部分からも、ベッドが現れ、2段ベッドが4人分できあがっていた。
「このペースじゃと、明日、アレに間に合いそうじゃのう! イザベル!」
「明日のアレ、大丈夫そうね! おじいちゃん!」
「2人とも、なんだ? アレって?」
『ヒ・ミ・ツ!』
ジャクリーヌの問いかけに、気持ち悪い言い方で同時に答える、シモンとイザベル。
そして、4人と1匹は眠りに落ちていった。アレを楽しみにしたり、アレとはなにかを悩みながら……




