第1話 儀式の祠
「よし! やっと着いたな! とりあえず、一休みしよう!」
「そうじゃな! それにしても、あのモンスターの多さには腰にきてしもたわい! ちょっと揉んどくれ! ジャクリーヌ!」
「もう! ジャクリーヌも剣振り回して疲れてるんだから! あたしが回復呪文かけたげる!」
ここは儀式の祠と呼ばれる、小さな洞窟。その周りをぐるりと囲む、ビエルデ大樹海を乗り越え、3人はここにたどり着いたのだった。
「おお! イザベル! お前は気が利くのう! ジャクリーヌと違ってのう!」
「じじい! お前はいつも一言多いんだ! 叩き切るぞ!」
そういって、両手剣を振りかぶるのは、戦士ジャクリーヌ。両手剣とフルプレートで身を固める彼女だが、戦闘中の動きにおいてその重さを一切感じさせることはない。今は兜をはずしており、腰付近まである小豆色の艶やかな髪と、キリッとした切れ長の目、そして、プックリとして妙に色気のある唇が、じじいの心をザワつかせているようだった。
「冗談じゃ! 冗談じゃよ! ……半分だけな!」
「こんの! クソじじい!!」
そういって、ジャクリーヌから逃げ回るのは、魔法使いシモン。神樹からつくったといわれる大杖を持ち、ほぼ全属性の攻撃呪文を使いこなす。『生きる魔法書』とも呼ばれる大魔法使いであるが、今はただのクソじじいだ。ご自慢のピンッと左右に伸びた白い鼻髭が、彼のトレードマークであった。あご髭も伸ばしたいらしいが、なぜか生えてこないらしい。
「2人とも落ち着いて! 一休みするんじゃなかったの?」
「あ! そうだった、そうだった! じじいのせいで忘れていた」
「だいたい、おじいちゃんもそんなに動き回ってちゃ、回復魔法かけられないよ!」
「おお、すまんすまん! それじゃあ、どっこいしょ……」
「では、こほん……癒しの聖霊よ、この者の腰を治したまえ『ヒーリング』!」
2人を落ち着かせ、シモンに回復呪文をかけるのは、僧侶イザベル。錫杖とよばれる金属製の小さめの杖を持ち、戦況を見極めながら回復呪文と補助呪文を行使する。そんな冷静沈着な彼女は、ハーフエルフである。
「そういや、ずっと疑問に思ってたんだけどよ……」
「なに? ジャクリーヌ?」
「じじいもイザベルも、呪文の前にいつもなにか言ってるじゃん!」
「たしかにそうじゃのう!」
「でも、おなじ呪文でも、言ってることが毎回違うような気がするんだ」
「ああ! あれね! まあ、気持ちを高ぶらせる……言ってみれば演出って感じね!」
「あれは演出だったのか!?」
「だいたい、あれなしでも呪文はつかえるぞい!」
衝撃の事実に、開いた口が塞がらないジャクリーヌ。そんな彼女の脳裏に、2日前の戦闘の様子が浮かんでいた。
(2日前……)
それは、夕陽で染まる樹海に、突如けたたましい叫びとともに現れた。
「ぐおおおぉぉぉ!!!」
「ちいっ! モンスターか!?」
野営の準備をしていたジャクリーヌは、敵の気配に気づくのに遅れ、突進してきたモンスターに吹き飛ばされてしまった。
「大丈夫、ジャクリーヌ? 立てる?」
「問題ない、イザベル! 鎧の上からだったしな!」
「こやつは、この樹海の主、ミノタウロスじゃ!」
それは、斧を持つ巨大な2足歩行の牛だった。水汲みに行っていたイザベルと、薪拾いに行っていたシモンが、ジャクリーヌに駆け寄り、素早く戦闘態勢を整える。
「これだけのでかさじゃ! 斧での一撃をまともにくらったら、さすがのジャクリーヌもヤバかろうて!」
「ああ! そうだな! うまくかわしながら、隙を見て攻撃を叩き込むしかなさそうだ!」
そう言いながらジャクリーヌは、近くに置いていた、両手剣と兜を手に取り装備した。
「それじゃあ、おっぱじめるか! いくぜー!!」
敵に突撃するジャクリーヌ。剣を捌きながら上手いこと敵を後退させ、後ろの2人との距離をつくり壁となる。
「戦の神よ、彼女に力を与えたまえ『ヴァルキュリオン』!」
すかさず、力付与の呪文を唱えるイザベル。
「駄目だ! こいつ、かなりかたいぞ! 剣で相手してたら、日が暮れちまう!」
「暗くなるとかなり不利になるわ、ヤバいわねえ……こうなったら! おじいちゃん! 上級魔法でやっちゃって!」
「あいよ! やっとワシの出番じゃな! それでは……」
詠唱準備に入るシモン。
「天に轟く漆黒の雲よ、我の呼びかけにこたえたまえ……」
「しばらく耐えて! ジャクリーヌ!」
「クッ! こいつ! 攻撃の威力があがってきやがった! スキル持ちだったのか!?」
ジャクリーヌの予想通り、ミノタウロスはスキル持ちだった。スキル『尻上がり』、その名の通り、戦闘開始から徐々に攻撃力やすばやさがあがるという恐ろしいスキルだ。
「じじい! 急げ! このままじゃ! 長く持ちそうにない!」
「汝、我と契約を結ぶものなり、雷を司る聖霊よ……」
「クハッ! はあはあ……」
ジャクリーヌのHPは残りわずかのようだ。
「今ここに裁きを与えたまえ『ライトニングボルト』!」
ピカッ! ずずーん!! 辺り一帯が激しく光ったかと思うと、轟音と共に雷が降り注いだ。それは、ミノタウロスに直撃し、丸焦げの牛の丸焼きの完成を3人に伝えることとなった。
「……やった……のか?」
「よく耐えたのう! ジャクリーヌ!」
「おじいちゃんも、ナイス雷!」
親指をビッ! と立てて喜ぶ、シモンとイザベル。ミノタウロスの猛攻を防ぎきり、呆然とするジャクリーヌ。
「よし! 今夜は『牛の丸焼きパーティー』だ!」
「外側は丸焦げじゃが、中はジューシーに焼けておるぞい!」
「にーくにくにく♪ にーくにく♪」
シモンとイザベルは、謎の歌を歌いながら、ジャクリーヌの両腕を肩で抱えた。焚火の横に彼女を座らせると、肉を切り分け酒をつぎ『牛の丸焼きパーティー』がはじまった。
(……話は今に戻る)
「ということは、ミノタウロスと戦ったときの、あの長ーい詠唱はいらなかったということだな!」
「いや、そんなことないぞい! いい演出になったじゃろ? ジャクリーヌ?」
「あたしの合いの手も、演出の手助けになってたわよね? ジャクリーヌ?」
シモンとイザベルには全く悪びれた様子はなく、むしろジャクリーヌに褒めてもらえることを期待しているようだ。
「お・ま・え・らー! ワタシの体のことより、その演出とやらが大切だというのかー!」
「ワタシの体なんて、はしたないわよ! まあ鎧を脱いだら、大きな胸と大きなお尻、それと見事なくびれが、男どもの視線を釘づけにしちゃうんだけどね!」
「そう! ボンキュッボン! ボンキュッボンなんじゃ!」
「この! エロじじいとエロエルフめー!!」
2人を追い掛け回すジャクリーヌ。しばらくするとイザベルの顔が、フッと真面目なものに変わった。
「冗談はこれぐらいにして……ほら、ここになにしに来たんだっけ、あたしたち?」
「そうじゃ! 儀式じゃ! 勇者様を召喚するためにきたんじゃ!」
「たしか、祠の奥に儀式をする場所があるんだったな」
3人は、祠の奥に進んだ。そこには天井の高い正方形の部屋があった。部屋の中央には、大きな魔法陣があり、独特のあやしげな雰囲気を醸し出していた。
「それじゃ! ワシが示す場所にそれぞれ立ってくれるかの」
魔法陣の二重の円の中にある六芒星、それを構成する2つの三角形のうちの1つ、その頂点にちょうど人ひとり収まるほどの円があった。そこに3人はそれぞれ立った。
「それじゃ、一緒に唱えるぞい!」
『異世界より選ばれし勇者よ! 我らとともに世界を救わんとするため、ここに現れたまえ! ラフィール・カダーロ!』
カッッ!! 部屋中が光と白い霧のようなものに覆われる。その霧は徐々に晴れていき、うっすらと人の姿が現れた。
「勇者様じゃ! 勇者様が来てくださったぞ!」
歓喜の声をあげるシモン。3人は期待のまなざしのまま、魔法陣の中心を見つめつづけた。さらに霧が晴れ、足元以外は見渡せるようになった。
そこには、小柄な女の子が立っていた。ショートカットの青い髪に、ぱっちりとした大きな目、そして長いまつげがその可愛らしさをさらに引き立てているように見えた。
「勇者様、女の子だ! 可愛い! ねっ、ジャクリーヌ?」
「危うく、あまりの可愛らしさに抱き着いてしまうところだったぞ!」
イザベルとジャクリーヌは勇者にメロメロのようだ。
「いや、勇者様は男だぞ!」
『!?』
どこからか声がする。ジャクリーヌ、シモン、イザベルの3人は警戒しながら辺りを見回す。足元に残っていた霧が完全に晴れる。
「勇者ニコラ、彼の名前だ!」
勇者の足元には、1匹の黒猫がいた。
「黒猫くん、君が話しているの?」
イザベルが黒猫に尋ねる。
「黒猫くんではない! ぼくの名はクンだ!」
「それでクン、勇者様が男って……」
「話はここまでだ! 詳しくはこれを見てくれ」
クンはイザベルの話をさえぎると、自分の足元を見た。そこには、小さな黒い板のようなものがあった。イザベルはよくわからないまま、その板を手に取ってみた。
ピコンッ! 突然、板から音がしたかと思うと、板の淵以外が白くなり、なにやら文字が現れた。
「……勇者の取説? って書いてあるよ!」
「なんじゃ! なんじゃ!」
「ほう! どれどれ」
興味をもったのか、急にイザベルの近くに駆け寄る、シモンとジャクリーヌ。
ピコンッ! 再び板から音が鳴り、新たな文字が現れる。
「取説とは取扱説明書のことです。使用上の注意点を示したもの、と言ったらわかりやすいでしょうか? だって」
「ほう、この板すごいのう! ワシらにあわせて答えてくれとるようじゃ!」
ピコンッ! 再度板から音が鳴り、新たな文字が現れる。
「この板の名前はタブレットといいます。タブちゃんとでも呼んでいただけると幸いです。 だってさ」
「タブちゃん……可愛い呼び名だな! ワタシにもさわらせてくれないか?」
タブちゃんの説明によると、ジャクリーヌ、シモン、イザベルの勇者パーティー3人が、勇者の取扱いをあやまったときだけ、それを伝えるためにタブちゃんが音を鳴らし知らせるということだった。あと、動力源は魔力で3日に1回、手をかざしてゆっくり魔力を注いでほしいとのことだった。
「あーあ……タブちゃん鳴らないかなー」
「そうじゃな、さっきまではあんなにたくさん鳴っておったのにのう、ジャクリーヌ?」
「いや、勇者様の取扱いにあやまりがないのだから、良いことではないか?」
「あっ! それより勇者様は!?」
タブちゃんのことで頭が一杯になっていた3人は、勇者とクンのことをすっかり忘れていた。3人が振り返ると、勇者とクンは先ほどと全く同じ場所に、全く同じ状態で存在していた。
「勇者様いた! 一瞬どっか行っちゃったんじゃないかと心配しちゃったよ!」
「よし! それでは勇者様! 我々と共に、魔王討伐の旅に向かいましょうぞ!」
「じじい! まずは国王様との謁見が先だろう!」
「そうじゃった、そうじゃった!」
「それよりおじいちゃん、折角仲間になったんだから、勇者様なんて堅苦しい呼び方はやめにしない?」
「それもそうじゃな……コホン、勇者ニコラよ! 我らと共に……」
ピコンッ! タブちゃんが鳴った。
「なに! タブちゃんが鳴ったぞ! ワシ、なにかやってしもたかのう?」
「えーと……【名前の呼び方について】だって」
「なんだ? 先はなんと書いてあるんだ、イザベル!」
「勇者の名前を呼ぶとき、勇者やニコラなど決して呼び捨てで呼んではいけません。必ず、くんやさんなどの敬称をつけて呼びましょう。 だって」
「勇者様は男の子だから、勇者くんかニコラくんがいいってことだな」
「あっ! 説明の下に、『おすすめポイント!』っていうのがでてるよ!」
イザベルは、無意識のうちにそこをタッチした。
「なになに……勇者ニコラは男の子ではなく、男の娘です。ちゃん付けで呼んであげると、ステータスが大幅にアップするのでおすすめです。 だってさ」
「男の子じゃろ? 男の娘ってなんじゃ?」
「ステータスがあがるんだぞ! そんなことはどうでもいいじゃないか! 勇者ちゃんじゃアレな感じだから、ニコラちゃん! これで決まりだな!」
そういうと、ジャクリーヌは振り返り、勇者を見た。しかし、そこにはクンが1匹いるだけだった。実はこのとき、イザベルは大きな見落としをしていた。タブちゃんの説明の下に、さらに『超おすすめポイント!!』が表示されていたのだ。
「お前らが、呼び捨てで呼んじゃったから、鬱モードになっちゃったんだよ。あっちの部屋の隅で体育座りしてるよ」
クンが話した後、目を移したその先では、膝を抱えてうずくまっている、勇者の姿があった。
「あれが体育座りというのか! たしかにワタシも、いじけるとあんな座り方になってしまうことがあるな!」
「……ニコラちゃん、ごめんなさいね! おじいちゃんが変な呼び方して……でも悪気があったわけじゃないの。仲良くしてくれるかな?」
変なところに食い付いたジャクリーヌを無視して、勇者に語り掛けるように話すイザベル。そして、その言葉に合わせて、頭をペコリとさげるシモン。
その言葉を聞いた勇者は、スッと立ち上がり、クンのいる元へと歩みを進めた。そして、なにやら耳打ちのようなものをクンに対し行った。
「ちゃんと呼んでくれるなら、ボクは構わない。これからは仲間として旅をしていきましょう」
クンがそう話すと、勇者は3人に歩み寄り、ブンブンと握手を3つ交わした。
『ここに、勇者パーティーが結成された!』
そして、『超おすすめポイント!!』の表示も、誰の目にも触れることなく消え去っていった。