神様だって一回くらいこんなおふだの使い方しても見逃してくれるよね?
視聴覚教室の扉を閉じると、学校に漂う浮ついた空気が遮断される。
見慣れた背中に向かって、足を忍ばせる。
でも、いざ声を掛けようとして、躊躇する。
暫く経っても、ただ丸まっただけの背中に、悔しくなる。
英会話同好会の活動日に私が現れなくても気にしてない、って言われたみたいで。
――それが答え。
伊織君は、イブを好きな人と過ごすらしい。
だから、決心した。
当たって砕ける。
後ろから覆いかぶさるように、おふだを持った手を伸ばした。
私の決意表明は、伊織君のおでこで、ぺたり、と気の抜けた音になる。
紙に手を伸ばす伊織君を、慌てて止めた。
「だーめ」
伊織君は、呆れているのか振り返ってもくれない。
「何貼ったの?」
「おふだ」
砕けた口調に口元が緩む。
他の人には、もっと丁寧な口調だから。
それが自惚れてしまった原因でもあるんだよ、伊織君。
机の前に回り込む。
和紙の奥で、伊織君は眉を寄せている。
「嫌がらせ?」
覚悟に気づかない伊織君に、頬が膨らむ。
八つ当たりだけど。
「おふだは、清らかで明るくて静かで高いところに祀るんだって」
それでも虚勢を張るのは、勇気が出ないから。
「なるほど! って、言うと思う?」
「だって、伊織君、清潔感あるし」
「アリガトウ。でも、解せない」
伊織君が目を細める。
「清潔なくして清らかはないし。それに伊織君、にこやかで明るい上に、ほら、佇まいが静かでしょ?」
「三枝さんとノリツッコミするくらいだから、期待される静けさとは違うよね」
こじつけだけど、本音。
少しも伝わってないけど。
「でも、騒がしいってわけじゃないから、比較すれば静かだよ?」
「比較って間違ってない?」
「間違いなく身長は高いし」
「根本的に解釈が違うと思う」
「違わないよ? だって、キスしようとしたら、私が背伸びしなきゃいけないでしょ?」
「だ、だから、そういうことじゃなくて」
伊織君の顔が赤らむ。
反応を見て、自分を鼓舞してた。
でも、期待するのは今日で終わり。
「そういうことなの。正しい使い方なの!」
「絶対違うでしょ。そもそも、悪霊退散してどうするの?」
「悪霊退散じゃない」
「え? じゃあ、何?」
開こうとした唇が震える。
「――虫除け」
「虫除け?」
伊織君が眉を寄せる。
やっぱり鈍感。
「だって――余計な虫がついたら困るでしょ」
「余計な虫って……」
視線に耐えれなくなって、目を逸らす。
沈黙に教室が滲む。
ううん。終わらせるって決めたの!
再び交わった伊織君の瞳は、真剣だった。
楽しんでいただければ幸いです。