第9話 協力依頼
ミザリアは時代に適応した。
彼女は自身の居場所を見つけたのである。
罪滅ぼしという言葉が本心かは分からないが、この辺境の地で子供達の面倒を見ているのは事実だった。
街や村から離れた土地を選んでいるのは、余計な争いに巻き込まれないためだろう。
誰よりも戦争を知っているからこそ、その犠牲とならないようにしている。
(すごいな。俺が考えもしなかったことだ)
ミザリアの行動は素直に尊敬できるものであった。
俺が五十年以上も戦争に固執する一方で、彼女は着々と前に進んでいる。
立ち止まったミザリアはこちらを振り返っていきなり尋ねた。
「それで? "万能の錬金術師"様があたしに何の用だい」
「五十年前の英雄達を蘇らせるのに力を借りたい」
単刀直入に要求を告げる。
ミザリアの表情が僅かに陰った。
「俺の蘇生術は不完全だ。全盛期を再現するには死霊術しかない」
「かつての英雄を呼び出してどうするつもりだい」
「彼らに相応しい死に場所を与える。戦争を生き延びてしまった未練を晴らすのが目的だ」
俺がレイルの墓前で閃いた計画とは、英雄に死に場所を提供することだ。
五十年を費やして準備を整えてきた。
各地を巡って居場所のない戦士を封印し、適切な状況で復活できるように仕込んできたのである。
俺は己の寿命を引き延ばしながら活動している。
魔術で細工し、老いた身体でもなんとか生き永らえてきた。
本来ならとっくに死んでいるような状態であった。
ただ、英雄の中にはレイルのように何らかの理由で死んでいた者もいる。
そういった者達も一旦は封印しているが、魔術で蘇生する必要がある。
しかし俺の術だと措置が十分ではない。
レイルが帝国軍に苦戦した要因の一端は、そこにあった。
「魂を操るのは死霊術の専門だ。俺はお前以上に優れた術者を知らない」
「口説き文句としては不合格だね。他を当たりな」
「そこをどうか頼む」
突き離そうとするミザリアに頭を下げる。
彼女が不在では計画に支障を来たす。
どうしても協力者として手を結んでおきたい相手だ。
ミザリアはこちらを見下したまま告げる。
「強情だね。目的のためなら、かつて宿敵だった人間にも頭を下げられるのかい。情けない男だね。老いぼれになって誇りも無くなっちまったのか」
「そうだ、誇りなんてどうでもいい。手段を選んでいる暇はないんだ」
何かを理由に妥協するなら、この五十年を戦争のために費やしていない。
どこかで諦めてとっくに死んでいる。
絶対にやり遂げるという意志があるからここに立っているのだ。
ミザリアは首を振って拒絶する。
「駄目だね。あたしは協力しない」
「なぜだ」
「あんたの計画は身勝手すぎる。この時代に過去の英雄は求められていないのさ。あいつらを蘇らせるなんて、世界に余計な混乱を招くだけで意味がない。あんたのやり方には反対だ」
彼女の意見は辛辣だが、核心を突いていた。
時代は刻一刻と進み続けている。
その中で取り残された英雄が再び表舞台に舞い戻ってくるのは間違っていた。
ミザリアのように新たな人生を歩み出した者もいるのだ。
過去に執着しているのは否めなかった。
だが、俺にだって主張したいことはある。
ミザリアに詰め寄りながら追及する。
「平和に貢献した者達を蔑ろにしていいのか。彼らを犠牲にしたままでいろと?」
「過ぎたことを掘り返すのは男らしくないさね」
ミザリアは視線を逸らす。
どこか後ろめたさ……或いは嘘を感じさせる仕草だ。
「俺はこの五十年間で世界を見てきた。誰も英雄の苦悩を理解しようとしない。それどころか無かったことにしている。それを許せないと考えるのはおかしいのか?」
「…………」
「お前だって英雄の一人だ。表面上は充足したつもりでも、本心では戦争を忘れられないはずだ。平穏な人生を歩むために己を律しているんじゃないか」
俺はミザリアを見つめながら訴える。
彼女の中に葛藤が覗いていた。