第89話 英雄の墓場④
怒鳴りながらベイドに近寄るのは"刀匠"ナキであった。
樹液の整髪剤で髪を固めた若い男だ。
防具は着けておらず、鍛冶師の使う革の分厚いエプロン姿である。
お世辞にも人相が良いとは言えず、歯を剥き出しにしてベイドを睨み付ける。
ナキは自ら鍛え上げた刀を携えている。
両手に一本ずつ、手足にそれぞれ巻き付けた四本、背中に二本、腹にも一本……見える範囲でこれだけあった。
隠し持っている分を含めると、所持数は三倍まで膨れ上がるだろう。
ナキが数多の刀剣を扱うのは大戦では有名な話だった。
こだわりが強い彼は、自らが打った武器しか信頼できないらしい。
駆け出したナキは両手の剣でベイドに斬りかかる。
初撃を青炎の盾に防がれると、すぐさま背中の剣を抜いて仕掛けた。
それも遮られれば、手放したばかりの剣を掴んで刺突へと移る。
気付けば幾本もの剣が宙を舞い、地面に落下することなく踊り続けている。
まるで意思があるかのような挙動だが、何ら特殊な力は使われていない。
ナキが高速で使い分けているだけだ。
それがあたかも剣が舞踏を演じているように見せるのである。
百刀流とまで呼ばれる絶技はしかし、ベイドを攻め崩すには至らない。
紙一重で出現する青炎の盾によって上手く凌がれていた。
あと一歩……その一歩がどうしようもなく遠い。
そのうちナキが強引に踏み込んで攻撃速度を上げた。
限界を超えなければベイドに届かないと判断したのだろう。
無理な動きを押し通し、苛烈な連撃をひたすら浴びせまくる。
空中で回転する剣は落下の兆しすら見せなくなった。
臨界点を突破した怒涛の剣術は、ナキが指を滑らせたことで破綻した。
あれだけ軽快に浮遊していた剣が続々と落ちて金属音を鳴らす。
あっという間にナキの武器は無くなった。
ベイドは青炎の盾を解除する。
咄嗟の防御に使ったのか、左腕がずたずたに引き裂かれていた。
破綻の直前、ナキの刃が命中したのである。
左腕は力なく揺れるばかりで、満足に力が入らないのは明白だった。
ベイドは顔色一つ変えずに長剣を横薙ぎに振るう。
ナキの首が刎ね飛ばされた。
胴体はまだ戦おうとしていたが、手には何も持っていないので攻撃は叶わない。
膝からくたりと崩れ落ちて、二度と立ち上がることはなかった。




