第87話 英雄の墓場②
結晶は薄れて消滅する。
立ち上がったのは黒衣を着た少年だった。
白い蓬髪の下で陰気な笑みを浮かべている。
少年は"闇底"の二つ名を持つ暗殺者フロクだ。
五十年前は歴史の裏側で暴れ回った英雄である。
その活躍は決して表沙汰にならないが、各国の要人は戦慄したものだ。
世界最高峰の暗殺者と称しても差し支えないだろう。
フロクは瞬時に状況を理解すると、無音で疾走を始めた。
両手に生成した魔術の短剣でベイドに襲いかかる。
一切の殺気を発さずに動く様は、彼を目視していようと反応が遅れかねないほどだ。
相手に敵意を感じさせない、抱かせないのがフロクの得意技であった。
ところがベイドは剣を軽く引いて構える。
並々ならぬ執念がフロクの暗殺術を跳ね除けたのだ。
ベイドの全身からは引き絞られた戦意が発露している。
両者は互いの武器で打ち合う。
人間の限界速度を超越した乱撃の応酬だ。
そして、首を刎ねられたのはフロクであった。
致命傷を狙った暗殺術は、ベイドによって完璧に見切られていた。
故に強みを万全に活かせなかったのである。
正面戦闘という点でもフロクが不利だったのは否めない。
ただ、ベイドの頬と前腕にも裂傷ができていた。
僅かに血が滲んで泡立っている。
毒だ。
フロクが短剣に仕込んでいたものだろう。
彼の刃もほんの少しだけ届いていたのだった。
ベイドの表情は変わらない。
毒に耐性があるのか。
それでも完全に無効化できたわけではないようで、体内魔力の流れに淀みが生じていた。
俺は新たな結晶を取り出し、外壁の上から地上へ落とす。
「次だ」
結晶から現れた緑髪の優男――"弓導師"ローレイは、折り畳み式の愛弓を開く。
彼は魔力で生み出した矢の速射を披露する。
矢は数十本に分裂し、圧倒的な物量を以てベイドに殺到した。
ベイドは青炎を盾に矢を防ぐ。
しかし、矢の一部の軌道が曲がり、彼の背後へ回り込んだ。
それも察知したベイドは剣で弾くも、一本だけ肩に突き刺さる。
たった一本だが、絶対的な剣術を突破したことには違いない。
静かな怒りを滾らせたベイドは斬撃を飛ばす。
ローレイは真横に跳んで回避した。
そこから立とうとして転倒する。
彼の右脚が太腿の下で切断されていた。
斬撃を躱し損ねたのだ。
ベイドはその場から動かずに斬撃を連続で叩き込む。
ローレイは四肢や胴体を断たれていく。
死にゆく恐怖にも臆せず、彼は最期まで矢を放ち続ける。
やがてローレイの顔面が真っ二つにされた瞬間、全霊を込めた矢が解き放たれた。
瑠璃色の光を帯びた矢は青炎の盾を貫通し、ベイドの脇腹に命中する。
装甲の一部を削り飛ばしてから矢は砕け散った。




