第77話 秩序を掲げる⑥
俺は浅い呼吸を繰り返す。
何度か瞬きした後、感情を込めずに告げた。
「早急に立ち去れ。さもなくば命の保証はできない」
騎士国団長のベイドから殺意が沸く。
今にも襲いかかってきそうな剣幕だが、その場から動こうとしない。
他の騎士も石像のように無反応であった。
感情的になって仕掛けてくるほど未熟ではないようだ。
不気味な沈黙こそが彼らの練度を物語っている。
ユエルは心配そうに俺の顔を見た。
「アッシュ様……」
「大丈夫だ」
俺はユエルに応じながらも、視線はベイドに固定したまま外さない。
彼が常軌を逸する実力者であることは知っている。
ふとした油断が命取りになりかねなかった。
ベイドは小さく嘆息した。
彼は俺を見上げた状態で発言する。
「お前はいつもそうだ。理性的に振る舞いながらも、その獰猛な本性を隠し切れない。他人言葉に耳を貸さず、己の欲求のままに殺戮を遂げる。五十年前から何も変わっていないな」
「愚痴を聞いてほしいのなら他をあたれ」
「断る。お前は自らの罪と向き合わねばならない」
強固な意志を宿す双眸が俺を射抜く。
何十年という月日を経ても、その風格は微塵も損なわれていない。
むしろ研鑽されたことで深みを増している。
俺はベイドを凝視する。
刹那、かつての姿が重なって見えた。
遠い記憶のぶり返しを認識して、俺は運命の巡り合わせを想う。
(……いずれ再会するだろうとは思っていたが)
ベイドは青炎国の出身の人間である。
王族の隠し子で、最初に出会ったのは五十年以上も前だった。
孤児の彼が餓死寸前だった時、気まぐれで拾ったのがきっかけであった。
腹を満たしたベイドは言った。
力が欲しい、と。
貪欲な眼差しは、この世のあらゆる不条理を呪っていた。
濃密な憎悪と執念は、子供とは思えないほどに強烈だった。
不遇な人生で育まれた劣等感は、ベイドの根底と築く踏み台となっていた。
俺はベイドを鍛え始めた。
当時の大戦を利用して、彼の求める力を授けていった。
ベイドの行く末に興味が湧いて、その後押しをしてみたいと思ったのである。
優しさや同情ではなく純粋な好奇心だった。
俺はベイドの親ではなかった。
そして良き師でもなかった。
命を擦り潰すような戦場にベイドを引きずり込み、無謀な試みを幾度となく丸投げした。
生還の保証など無く、死ねばそれまでだという認識で鍛え続けた。




