第74話 秩序を掲げる③
三人の英雄の迎撃により、帝国軍の侵攻は打ち止めとなった。
残る兵士は本土への撤退を選び、無謀な反撃を企てる者はいない。
ミハエルのように奮い立てる人間が少数派なので、これが正常な反応だった。
完璧な勝利を果たした"千里眼"ハイムは、逃げ惑う兵士に容赦ない追撃を加えた。
圧倒的で一方的で独善的な殺戮だ。
死を求める盲目の英雄を前に、帝国軍は為す術も無かった。
執拗な攻撃が一人ずつ着々と敗残兵を減らしていく。
帝国領土まで進み続けるハイムを見届けた俺は追撃要因を追加した。
ハイムとの進路が重ならないように呼び出したのは"霊刃"フリンである。
小柄な少女は世にも珍しい憑依術師だ。
肉体から放出した魂を魔力で覆った精神体に仕立てて、他者に乗り移って行動することができる。
フリンには帝国軍に追撃した後、領土内を突っ切って他国へと向かってもらう。
そのまま彼女は紛争地で暴れる予定だ。
かなりの乱戦になっているらしく、憑依魔術を活かせる環境であろう。
存分に力を発揮することができるはずだ。
精神体の抜けたフリンの肉体は俺が持ち帰っておく。
術の性質上、無防備になってしまうためである。
いずれ戻ってくると思うが、戦場で殺される可能性も十分に考えられる。
精神体は無敵ではない。
肉体に入っていない状態だと脆く、乗り移る前に攻撃されると簡単に消滅する。
フリンほどの使い手ならば上手く工夫するだろうが、それでも死ぬかもしれない。
まあ、それが狙いなので問題はなかった。
フリンも大多数の英雄と同じく、力を尽くして死ぬことを望んでいる。
苛烈を極める紛争地などはちょうどいいだろう。
ハイムとフリンの蹂躙は、帝国軍にさらなる大打撃を与えた。
これで傭兵団の戦力を思い知ったろう。
しばらくは攻勢に出られないに違いない。
俺が調査した範囲でも、国境付近の戦線は麻痺し、軍全体が機能不全に陥っていた。
まともに編成できずに後方支援ではどうにもならない有様である。
少なくとも拠点方面の戦力の立て直しには時間がかかるだろう。
帝国は他国とも戦争を行っている。
俺達に損害を強いられる状況は好まない。
いたずらに兵を損失させると分かれば、打開策を思い付かない限りは侵攻を止めるものと思われる。
少なくとも俺が同じ立場ならそうする。
帝国にとって最重要の課題は、領土内に踏み入るハイムとフリンの排除であった。
当面はそちらに終始することになり、俺達の拠点には手出しできない。
迎撃戦としては最高の結果を挙げられたと言えよう。
ある程度の戦況を確認したところで、俺とミザリアは拠点へと帰還する。
これ以上の介入は不要だ。
帝国軍の他にも警戒すべき国はある。
動きやすい位置で待機するのが賢明だろう。
俺の勘では、そろそろ波乱が巻き起こる。
傭兵団の脅威となり得る存在が現れるはずだ。
旧時代の英雄が猛威を振るえるのも時間の問題である。
人類は抵抗し、進化する。
歩みの加速を促した以上、対価を請け負うのは当然の責務であった。




