第7話 英雄の悲願③
個の暴力と群の暴力が衝突し、互いを喰い殺そうと躍起になっていた。
攻防は佳境に至り、より激しく加熱されていく。
獣人族の集落を舞台に、血みどろの殺し合いが行われている。
レイルは次々と兵を斬殺していた。
剣の冴えは相変わらずで、ほぼ確実に相手を殺している。
渡されたばかりの魔剣を完璧に使いこなせているのは、ひとえに彼自身の戦闘経験によるものだろう。
帝国軍も途切れずに反撃を実行していた。
魔導器による火球は四方八方からレイルを狙う。
レイルはその大半を凌いでいるが、たまに命中して火傷を負っていた。
そろそろ疲労も出てきたようである。
端々の動きが悪くなり、回避が大雑把になり始めていた。
やはり孤立無援で戦い続けるのはさすがに無理があったのだ。
ただ、レイルの双眸に諦めは見られない。
どうにか勝利をもぎ取ろうと執念深く立ち回っている。
帝国軍の弓兵がレイルに向けて矢を放つ。
矢は彼の手足や背中に刺さっていた。
しかし、レイルは少しも痛がりもせずに戦う。
ぎらついたその姿は、死に場所を少しでも堪能するために必死だった。
些細な傷を気にしている暇はないのだと主張しているかのようだ。
そうして戦況はいよいよ最終局面に移る。
満身創痍のレイルは二種の魔剣を重ね合わせて、残る魔力を一気に注ぎ込んだ。
燃える氷の刃が顕現して周囲の景色を歪ませる。
それをレイルは周囲を薙ぎ払うように回転させた。
広域を捉える斬撃は、彼を包囲する帝国軍に致命的な損害を与えた。
大半の人間が胴体を切り裂かれて倒れて、同じく切り裂かれた家屋の下敷きとなる。
防御を試みた者は魔力盾ごと真っ二つにされた。
咄嗟に跳ぶか伏せて避けた者だけが無事だったが、甚大な犠牲を前に顔を青くしている。
精神面の動揺は計り知れないだろう。
渾身の一撃を放ったレイルは不敵な笑みを浮かべている。
ここまで彼の狙い通りだったのだ。
不得手である持久戦を選び、ずっと力を溜めていたのである。
地味な削り合いよりも派手な戦いを望んで耐えたのだ。
(手段を選ばずに勝つつもりだな)
そこからは泥臭い戦いが始まった。
壊滅状態の帝国軍はレイルに向けて火球を飛ばすも、散発的な反撃が通じるはずもない。
魔剣の力を使う余力を持たないレイルは、一人ずつ確実に殺していく。
ふらつきながらも剣を振るう様は、敵からすれば恐怖の象徴になったろう。
兵が残り数十人となった時、ついに帝国軍が撤退を選んだ。
いや、それは撤退と呼ぶのも躊躇う光景だった。
彼らは悲鳴を上げてそれぞれ勝手に逃げ出す。
命惜しさに戦闘を放棄したのである。
略奪した物資も置いて、みっともない背中を晒しながら消えていく。
レイルは帝国軍の敗走を見届ける。
そして周囲に静寂が訪れた頃、彼は力尽きて倒れた。
荒れ果てた戦場の只中で、手足を投げ出して仰向けになっていた。
「やったな、レイル」
俺は徒歩で丘を下りる。
レイルは大勢の獣人に囲まれていた。
彼らは涙を流して感謝の言葉を述べている。
俺は人の壁を割って進んでいく。
「通してくれ。友人なんだ」
倒れたレイルは血だらけで微かな呼吸を繰り返していた。
閉じかけた目は、もう碌に見えていないはずだ。
力を使い果たした彼は、迫る死に抗うことなくそこにいる。
俺はレイルに尋ねる。
「気分はどうだ」
「最高、だな……」
レイルは号泣していた。
汗と涙と土で汚れた顔が満面の笑みを見せる。
「ありがとう、アッシュ……俺は、戦場で死ねるんだ。こんなに、幸せなことは……」
レイルは掠れた声で嬉しそうに語る。
ほどなくして彼は眠りについた。
満足げな表情のまま、最期の戦場を謳歌したのだった。
俺は周りの獣人族に声をかける。
「すまないが埋葬を頼みたい。くれぐれも丁重に扱ってくれ」
「無論だ。この男は命を懸けて我々を守った。その恩義は決して忘れない」
長らしき男が俺の言葉に応じた。
彼は俺に訊く。
「この男の名を教えてくれ」
「――ノック・レイル。誇り高き騎士だ」
それだけ答えた俺は立ち去る。
もう二度と振り返ることはなかった。
周囲に漂う血と臓物の臭いを嗅ぎながら俺は確信する。
「やはり間違っていなかった。死に損ねた英雄には戦場が必要だ」
悔いを残す戦争の英雄に、正しい死に場所を提供すること。
それが俺の使命だ。
レイルだけではない。
この五十年で募った英雄にも同様のことをするつもりだった。
もし『面白かった』『続きが気になる』と思っていただけましたら、下記の評価ボタンを押して応援してもらえますと嬉しいです。