第67話 帝国戦①
翌日から帝国との戦争が始まった。
俺はミザリアと共に拠点を出ると、侵攻する帝国軍の進路へと先回りする。
ミザリアは俺に訊く。
「ここで英雄を出すのかい?」
「そうだ。先鋒としてちょうどいい人間がいる」
俺は封印していた英雄の一人を解放する。
半透明の結晶の内側から姿を現したのは、両腕のない男だった。
蓬髪の隙間から覗く目は、じっとりとした湿り気を帯びる。
薄く開いた口からは獣のような犬歯が伸びていた。
男は"赤い牙"ランフォだ。
相手の首に噛み付き、灼熱の魔力を流し込んで殺すことから二つ名が付いた戦士である。
過去、ランフォは帝国の捕虜となり、拷問で両腕を切断された。
愛玩動物のような扱いを受けた後、将官を噛み殺して脱走して戦場を名を挙げた。
帝国への恨みは根強く、此度の戦いに参加する資格は十分だろう。
ランフォは俺達を見ても無言だった。
ただしばらく目を合わせてから、前傾姿勢で静かに歩き出した。
その先には数千の軍勢がいる。
ランフォは吼えた。
しゃがれた声を響かせて、大地を蹴って疾走する。
己だけで帝国軍に挑むことに恐怖は躊躇いは感じられなかった。
むしろ嬉々として立ち向かっているように見える。
そう、ランフォは満足しているのだ。
ここで戦いに狂い、無様に死に果てることを望んでいた。
封印前に話は付けており、最初から覚悟は済んでいるのだった。
故にランフォの行動には一切の淀みがない。
帝国軍の只中に跳び込んだランフォは、兵士を次々と噛み殺していく。
恐るべき早業で頸動脈を食い千切る様は、さながら魔獣のようであった。
両腕の欠損という点では刃影国の王と共通するが、戦い方はまるで異なる。
魔術による補填を主眼に置いた王と違い、ランフォは自らの野性を増強させる形で力にしていた。
凄惨な攻撃衝動は、敵兵の戦闘意欲を削ぎ落とすに余りある光景だ。
もっとも、無謀な突貫がいつまでも続くはずがない。
魔導器の断続的な射撃は、ランフォの全身を穴だらけにしていた。
ランフォには防御手段がない。
さすがの彼も数千の軍を殺し切るのは難しかった。
そこからランフォは執念で五十人以上の兵を噛み殺すも、ついには力尽きて絶命した。
帝国軍はランフォの死体を足蹴にして弄んだ。
ミザリアは死霊魔術による蘇生を提案したが、俺は迷うことなく断った。
ランフォは正々堂々と戦って死んだのだ。
だから、これでいい。
敗北の末の侮辱も含めて、戦士は一身に引き受けねばならないのである。




