第66話 まだ見えぬ高み⑦
ミザリアが思い出したように手を打った。
彼女は少し慎重に尋ねる。
「ブラハは呼ぶのかい?」
「いや、今回はいい。呼ぶにしても終盤だ。基本的には俺達だけで対処する」
「あいつに任せると全部台無しにするからね……いい判断だよ」
ミザリアの言葉に他の面々も頷いている。
それだけでブラハの印象がどのようなものかよく分かった。
英雄の中でも随一の危険人物なので仕方あるまい。
突出した才能を帳消しにするほどに何のある性格なのだ。
頼りになるのは間違いないが、盤面を穏便に進めるには不必要な駒とも言える。
俺は羊皮紙の束となった資料をテーブルに並べて述べる。
「まずは帝国だ。因縁のある英雄を選出してぶつける。傭兵団の評価を上げる良い機会だ」
「今の時点で十分に評価されてると思うけどね。やりすぎないか心配だよ」
「やりすぎなくらいでちょうどいい。帝国戦では英雄の強さを知らしめたい。均一化を謳う魔導器だけでは駄目なのだと喧伝するんだ。現代に蔓延る価値観を叩き潰していく」
俺は目付きを鋭くして断言する。
己の鼓動がにわかに速まっていく。
張り詰める本能を理性で抑え、皺だらけの手に力を込めた。
ミザリアは探るような上目遣いを向けてくる。
冗談めかしているが、実際はどこまでも冷静で本質を射抜くような視線だった。
「大胆な目標だねえ。五十年分の発展を否定するわけだ。そんなことをしたら、いよいよ後戻りできなくなるよ」
「分かっている。汚名を背負う覚悟はできた」
俺は立ち上がる。
心身の昂揚により、活性化した魔力が肉体を休息に若返らせた。
「戦争を間借りする立場から、不可避の革新を起こす側へと移り変わる。帝国の言い分は正しい。俺達は秩序の敵となるんだ。英雄を否定した時代に英雄の必要性を説く」
建前を、本音を、主義を、思想を、滔々と語る。
すべて偽りであり、真でもある。
超過した思考が淀みなく誘いの文句を垂れる。
誰も口を挟もうとしなかった。
ミザリアもユエルもシュアもミハエルも黙って聞いている。
俺は彼らに背を向けて告げる。
「――向こう千年の不名誉が恐ろしければ離脱してもいい。俺は進む」
それだけ言い残して部屋を去る。
階段を下りながら、俺は自分の頭に指を当てる。
脳を蝕まれる感覚があった。
(戦争の狂気だ。いよいよ歯止めが効かなくなってきたな)
結局、俺も異常者なのだ。
理知的に振る舞ってみても本質は不変である。
戦争が好きで堪らず、新たな混沌を引きずり出そうとしている。
怪物とは人間が飼い馴らせないからこそ怪物なのだ。




