第60話 まだ見えぬ高み①
ミハエルが呪槍を引き抜く。
二刀流の男の身体は横に傾き、そのままあえなく倒れた。
半開きの目は、既に魂の喪失を示している。
呪槍に喰われたのだ。
体内もどろどろに崩れており、どのみち生きていられない。
四方八方に伸びていた触手状の槍がミハエルの体内へと戻って行く。
役目を終えて不活性状態へと移ったのだ。
ミハエルの魔力は枯渇寸前にまで減っている。
男から喰らった分も加わっているのだとすれば、暴走はかなり危険な技なのだろう。
あまりにも消耗が激しく、ほとんど捨て身に近い攻撃となっていた。
個人にも大軍にも有効だが、気軽に使うべきではない力には違いない。
ミハエルは深呼吸を繰り返す。
やがて立っていられなくなったのか、その場に座り込んだ。
呪槍だけは手離さないようにしているも、心身共に限界を超えているのは明らかである。
本当は今すぐにでも眠りたいはずだが、気力だけでなんとか堪えている。
そこに歩み寄る者がいた。
国王だ。
欠損した両腕に影魔術で形成している。
その指先、鋭く尖っている。
元よりこの戦い方に慣れているのだろう。
国王は憎々しげにミハエルを見下ろし、漆黒の片腕を頭上に持ち上げた。
「よくも、やってくれたなぁ……従うだけしか脳のない羽虫がァッ!」
刹那、国王が唐突に転倒する。
見れば両脚が太腿の半ばで断ち切られていた。
断面から腐敗した血が静かにこぼれる。
座り込むミハエルの腕の位置が微妙に変わっていた。
反応されない速度で呪槍を振るったのだ。
諸々の消耗を感じさせない見事な一閃であった。
己の事態に気付いた国王は喚く。
「うおおおおおおああああぁぁっ!?」
国王は必死に床を掻いて逃げようとする。
その背後でミハエルが大儀そうに起き上がり、国王を置いて明後日の方向へと歩いていく。
彼の向かった先には左腕が落ちていた。
戦闘中に斬り飛ばされたミハエル自身の腕だ。
それを拾った彼はおもむろに断面同士を押し付ける。
表面から湧いてきた小さな赤黒い触手が境界線を癒着し、ほどなくして腕は繋がった。
ミハエルは試しに力を込めたり上下左右に動かしてみる。
特に不調はないようだ。
一連の光景を見ていたユエルはぼそりと呟く。
「不死身の呪槍使い……敵になったら厄介ですわね」
「さすがの聖女様でも苦戦するか」
「もう、冗談はやめてくださいっ!」
ユエルは照れ顔で頬に手を添える。
ただし、薄く開いた目は獲物を狙う蛇のような色めきを覗かせていた。
彼女の好戦的な部分を刺激するだけの要素はあったらしい。
俺は今後のミハエルの行方が少し心配になってしまった。




