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第6話 英雄の悲願②

 レイルは疾走する。

 鎧を装着しているとは思えない速度だ。

 昂る感情に呼応し、体内の魔力が活性化しているのだろう。


 やがて帝国軍はレイルの接近に気付くも、反応するのが遅かった。

 さらに加速したレイルは跳びかかり、両手の魔剣を一閃させる。


 軌道上にいた兵士の首が刎ね飛ばされた。

 鮮血の噴水を撒き散らして身体が崩れ落ちる。


 血の雨を浴びるレイルの手元では、魔剣が妖しく発光していた。

 刃から熱と冷気が発せられている。

 ここから本領を発揮するらしい。


 魔剣にはそれぞれ炎と氷の属性が宿っている。

 骨董品だが質はそれなりのものだ。

 レイルならば十全に使いこなせるに違いない。


 火炎と氷結の斬撃が迸る。

 縦横無尽に戦場を駆け回るレイルは、兵士を一方的に虐殺し始めた。

 帝国軍は高熱で焼き切られるか、悲痛に呻く氷像と化していた。


「やはりお前は最高の騎士だよ、レイル」


 俺はかつてない昂揚感を覚える。

 今すぐにでも加勢したいところだが、これはレイルの戦場だ。

 彼の死に場所を横取りするような真似は侮辱に当たる。

 どのような結果になろうとも傍観者に徹するのが筋と言えよう。


 レイルの参戦により、帝国軍は獣人族どころではなくなった。

 混乱していた指揮系統を立て直して反撃に移行していく。

 彼らは剣を鞘に戻すと、代わりに携帯していた短杖を構えた。

 先端をレイルに向けて、号令と共に火球を放つ。


 レイルは素早く反応し、炎の魔剣で切り裂いて凌いだ。

 彼は追撃の火球を躱しながら家屋の陰へ退避する。


 帝国軍はレイルを包囲するように動く。

 ほぼ全員が短杖を持っており、前列にいる兵は魔力の盾を展開していた。


 攻防を固める帝国軍を見て、俺は分析を進める。


「やはり一筋縄ではいかないようだな」


 五十年前、近接戦は剣と盾が主だった。

 そして遠距離は弓矢か魔術というのが常識である。


 魔術師は貴重な存在だった。

 適性を持つ者が少なく、限られた者だけが使える能力であったのだ。

 そのため出自が平民や奴隷でも、魔術適性があれば重宝される。

 当時の戦争は、魔術師の数が戦局を左右すると評しても過言ではなかった。


 ところが現代は違う。

 五十年の経過で技術が大きく進歩し、魔導器と呼ばれる道具が普及した。


 使い手の適性に依存しないのが最大の特徴で、製造段階で仕込まれた固定の術しか使えないものの、誰でも手軽に扱える利便性を持つ。

 旧来の魔術と異なり、精神状態に左右されないのも大きいだろう。

 極論、赤子が使っても常に同じ威力が保証されるのだ。

 魔導器の発明は画期的で、間違いなく歴史の転換点となった。


 帝国軍が持つ短杖は魔導器の一種である。

 ここまでの戦いを見るに、火球と魔力盾の術を仕込まれているようだ。


 実に妥当な選択だった。

 攻防の安定感が高く、扱いやすさも相まって人気の組み合わせなのだ。

 汎用性も申し分ないので大抵の戦場で役に立つ。


 魔導器の導入に合わせて最新の戦略や陣形も研究された。

 五十年前の魔術師と比較した場合、総合力では遥かに上を行っているだろう。


 そんな魔導器だが、製造にあたって見逃せない問題がある。

 主な材料として、魔術師の骨や眼球といった部位が使われているのだ。

 内蔵の燃料も彼らの血が主原料となっている。

 明らかに外法の類だが、戦争ではそういった倫理観も度外視されていた。


 現代における魔術師とは良質な資源だ。

 殺して材料にすることも珍しくない。

 高い魔力を持つ者は容赦なく有効活用されている。


 まさに英雄を否定する社会だった。

 誰でも魔術を使えるようになった一方、そこから生じた弊害と因縁は大きい。


 レイルは魔剣で帝国軍を斬りまくっていた。

 しかし、最初ほどの勢いはない。

 態勢を整えた帝国軍が、魔導器で熾烈な反撃を繰り出してくるためだ。


 炎と氷の斬撃は、多重の魔力盾に防がれている。

 それでも両断される場面はあったものの、数に任せた力押しを前に攻めあぐねていた。


 蘇ったばかりのレイルには全盛期ほどの力が無い。

 勘が鈍っている部分もあるだろう。

 いくつかの要因から現代の技術力に苦戦を強いられている。


 その姿は、過去の大戦の英雄など時代遅れであると見せつけられているような気がした。

 だから俺は、拳を握り締めて祈る。


「負けるなよ。ここが正念場だぞ」


 現代は仮初の平和を脱却し、戦争による特需が蔓延している。

 いくつかの強国が覇権を握ろうと目論み、小国や亜人の集落が巻き添えとなっていた。


 英雄を必要としない時代が到来したのだ。

 均一な強さこそが優先されて、個人の力を重視しなくなっている。

 むしろ嫌悪されている言ってもいい。

 優れた魔術師が資源となり、一騎当千の英雄が淘汰されるのが何よりの証拠である。


 そのような風潮だからこそ、レイルには俺達の真価を見せてほしい。

 戦争を生き抜いた英雄は現代でも通用するのだと信じたかった。


 レイルは魔剣を手に奮闘する。

 火球に焼かれて、魔力盾に阻まれながらも懸命に戦い続ける。

 逆境に立ち向かう彼の太刀筋は、弱まるどころか一層の力強さを発していた。

 その執念が戦局を徐々に優勢へと傾けていく。


 帝国軍の間には焦りと恐怖が生まれつつあった。

 それを的確に察知したレイルは、陣形を崩すように攻め立てる。


 超攻撃型の騎士である彼は、ここから独壇場だ。

 "二刀"の英雄は、決死の覚悟を以て突き進む。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [一言] >だから俺は、拳を握り締めて祈る。 >「負けるなよ。ここが正念場だぞ」 祈りを捧げる対象は造物主などではなく、己と戦友、互いの信念と技倆なのでしょ…
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