第59話 殻を破るとき⑨
ミハエルの胸から生えた大量の呪槍は、意思を持ったかのように突き伸びる。
一本目は男の剣に切断された。
二本目は弾かれて軌道をずらされる。
三本目は素早い動きで回避された。
四本目と五本目と六本目は飛び退きながら防御された。
七本目から二十本目が迫ると、男は全力で逃げ回る。
そこから先はただの蹂躙だった。
無制限に伸びる触手の槍は男を追尾し、どこまでも容赦なく襲いかかっていく。
気だるげだった男の顔にも次第に焦りが生まれ始めた。
優勢だった戦いが亀裂が走り、命の危機に晒されている。
暴走した呪槍は際限なく強くなっており、じきに対処し切れなくなると理解したのだ。
男は身体強化で加速し、床を蹴って跳んで壁を駆ける。
立体的な動きで呪槍の濁流を躱しながら進み、無防備に佇むミハエルに仕掛けた。
(妥当な判断だな。この状況ではそれしかない)
無限に枝分かれする呪槍で捌き続けるのは困難だ。
発生源のミハエルを叩くのは至極当然だろう。
男の斬撃は呪槍の間を縫うように抜けて、ミハエルの首と肩を切り裂く。
ところがミハエルは怯まない。
ゆっくりと首を回して男を注視する。
その視線に従って触手状の呪槍が捩れて飛び交う。
男はどうにか防御しながら再び距離を取る。
その全身には細かな傷ができていた。
至近距離での猛撃の前では、さすがに無傷ではいられなかったのだ。
傷はどす黒く変色し、流れ出す血液は泡立つ。
男は息切れしていた。
肉体的な消耗に加えて、精神的な負担は計り知れない。
そこに呪槍の連打が降り注ぐ。
床や柱を木端微塵に破壊しながら男を狙う。
勢いは増す一方だ。
この異常な状態が馴染んできたのか、本体のミハエルも動き出していた。
苦痛に顔を歪めつつ、男の隙を窺っている。
俺は小声で呟く。
「殻を破ったか……」
呪槍の暴走は、極限状態での偶発的な現象である。
ミハエルの高すぎる適性が招いたものだ。
しかし、彼はそれを早くも支配しつつあった。
半自動で暴れ狂う呪槍を陽動にして、さらなる一撃を虎視眈々と企んでいる。
やがて男の動きが止まった。
片膝と太腿を呪槍が貫いている。
穂先が床に刺さり、男の脚を完全に固定していた。
男の背後に気配が出現する。
息を吐きながら構えを取るのはミハエルだった。
男は振り向きざまに剣を振るうも、それより早く呪槍が男の胸部を抉る。
木の根のように分裂して体外へと拡散し、臓器と血飛沫を雨のように降らせた。




