第43話 槍の英雄⑥
ミハエルは吐血し、前のめりになる。
倒れる間際で踏ん張るも、姿勢を戻せずに小さく唸った。
呪槍はミハエルの胸部を貫通していた。
位置的に心臓を捉えており、明らかに致命傷である。
それに対してミハエルの槍はレドウィンの首を掠めていた。
血が滲んでいるが頸動脈には達していないだろう。
紙一重の差でレドウィンが勝利していた。
ミハエルの槍に亀裂が走り、粉々に砕け散った。
呪槍の攻撃を捌き続けたことでとっくに壊れていたのだ。
それをミハエルの魔力で繋ぎ止めていたのである。
ミハエルは自身の胸を穿つ呪槍を見て、震える手で掴もうとする。
「ぐ、うぅ……」
指が呪槍に触れるも、血で滑って上手く力が入らない。
仮に引き抜けたとしても、ミハエルが助かることはなかった。
足掻いた分だけ苦痛が増すばかりである。
レドウィンはその様子をどこか寂しげに見持っていた。
ほどなくして彼は何かを決心して頷く。
「うむ、良き戦いだった。貴様に褒美をやろう」
呪槍が生物のように蠢いてレドウィンの手から抜け出した。
そして、貫いた傷からミハエルの体内へと潜り込む。
ミハエルは驚愕する。
「なっ!?」
皮膚の下を呪槍が這い回り、瞬く間に傷が塞がっていく。
毒々しい紫色の跡を残しながらも、貫通した穴は間違いなく修復された。
同時にミハエルの魔力が変容していた。
呪槍が癒着し、破壊された心臓と一体化したのである。
その影響で魔力の性質が変わったのだった。
レドウィンは微笑む。
彼の顔は死人のように青白くなっていた。
掠れた声でレドウィンは告げる。
「呪槍の所有権を、貴様に……託した。大切に、扱うことだな」
息を切らして語るレドウィンの身体が、端から徐々に砂となって崩れ始める。
そこから発生した魔力は、困惑するミハエルの胸へと流れていく。
呪槍は嫉妬深く、執着心が強い。
所有者を呪うことで魂を縫い止める効果を持っている。
レドウィンはこの性質を利用し、ミハエルの死を防いだのだ。
無論、ただ都合の良いだけの武器ではない。
絶大な力を約束するが、代償として二度と呪槍を手放せなくなる。
もしも所有権を放棄すれば、使い手は消滅させて呪槍の糧にしてしまう。
今、レドウィンはその代償を受けていた。
ミハエルは崩れゆくレドウィンを前に困惑する。
「お、お前はどうして……」
「狼狽えるな。貴様は、我が選んだ男だぞ……誇らしく、思うがいい」
レドウィンは微笑したまま述べる。
そこには微塵の後悔もなく、彼の未練が晴れたことを示していた。




