第4話 親友の死と錬金術師の決意
とある辺境の街の外れ。
そこにある墓の前で、俺は呆然と佇んでいた。
「まさかお前が……」
墓石に刻まれた名前を見つめる。
どれだけ嘘や幻を願っても「ノック・レイル」の文字が変わることはない。
彼は間違いなく死んだのだ。
レイルは王国の騎士だった男である。
俺の数少ない友人の一人で、大戦時は"二刀"のレイルと呼ばれていた。
二種の魔剣による変幻自在の攻撃は、他国にも武功が知られるほどだった。
共に戦争を生き延びた……いや、生き延びてしまった仲であった。
ここへ来る途中、近所の住人に事情を聞いた。
戦後のレイルは周囲と距離を置いており、誰も寄せ付けないように拒んでいたらしい。
加えて一部の住民から嫌がらせを受けていたそうだ。
大量殺人者と揶揄されていたのだという。
それが余計に疎外感を悪化させていたものと思われる。
レイルは役職的には現役の騎士だ。
街の兵士の指導役で、戦い方を教えていたらしい。
ただし上手く馴染めておらず、親しい間柄の者は皆無だったそうだ。
そうして彼は次第に心を病んでいき、最近は顔すら出さなくなっていたとのことだった。
「辛かっただろうな」
俺は懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
レイルの遺書だ。
彼の自宅から発見されたものを譲り受けたのである。
そこには誰にも打ち明けられなかったレイルの本心が紡がれていた。
『戦いの中で死にたかった』
『弱き者のために命を捧ぐ兵士でありたかった』
『絶望し、先へ進む力を持てなかった』
『平和が訪れたのは良いことだ。
『戦争を愛し、焦がれる自分が異常なのだ』
『騎士として国のために戦ったのだから、そこに疑いはない』
『しかし、自分は今も戦争に身を投じたかった』
『緩やかに衰えていくのは嫌だ』
『どうして自分だけがこんなに悩むのか』
『早くこの苦しみから解放されたい』
丁寧な筆跡は、次第に文字が荒れて別人のようになっていく。
最後は何が書いてあるか読めなかった。
レイルは追い詰められていたのだ。
この苦悩を内に抱えて、最終的には己に刃を向ける結果となった。
「どうして、相談してくれなかったんだ」
同じだった。
レイルも同じ苦しみを味わっていたのである。
戦争に生き甲斐を感じた英雄その呪縛に囚われて、平和な時代を進めなくなっていたのだ。
二年の時を経て、俺自身もさらに追い詰められている。
なんとか耐えているものの、いつレイルと同じことをしても不思議ではなかった。
このまま何もできずに朽ち果てていく。
所詮、俺達は前時代の遺物に過ぎなかった。
余計なことをせず、ひっそりと潰えていくべきなのかもしれない。
(本当にそれでいいのか?)
諦めに傾いた思考に自問する。
それで丸く収めることに異を唱えたかった。
別に地位や名誉が惜しいわけではない。
死に場所として相応しい戦争だ。
それだけをひたすらに求めている。
欲を言えばレイルの無念を晴らしたい。
他にも同様の苦悩を持つ英雄はいるだろう。
彼らは現在進行で命を断とうとしているかもしれない。
俺は一体どうするべきなのか。
墓前から動けずに考え込む。
そう簡単に結論が出る問題でもなかった。
かつての日々を思い返しながら、胸を突き刺す葛藤と向き合う。
そうして日暮れが迫る頃、突如として光明が覗いた。
堂々巡りの思考に天啓の如き解決法が舞い降りたのである。
とある計画を閃いた俺は確信を以て呟く。
「――そうだ。俺達は戦争でしか生きられない。ならば戦争を待てばいいんだ。そこで悔いなく死ねる」
俺は大地に手を当てて魔術を行使する。
波打つ土がゆっくりと左右に割れた。
傾いていく墓石の下から、埋められた棺桶が露わになった。
質素な棺桶は、とても戦争に貢献した英雄のものとは思えない。
「レイル。お前の死に場所はここじゃない。すぐに用意するからな」
俺は封印魔術を発動し、棺桶を魔力の結晶に閉じ込める。
そのまま亜空間へと転送した。
これでいつでも好きな時に引き寄せることができる。
大きな穴の開いた墓を見下ろしていると、強烈な倦怠感に襲われた。
同時に立ちくらみも覚えて屈む。
激しい息切れも重なって堪らず嘔吐した。
原因は分かっている。
魔力の使い過ぎだ。
大地から吸い上げた魔力を借りたものの、それでも負担が大きすぎたらしい。
戦争時はもっと術の構築も早く、体力的にも余裕があった。
しばらく術を使っていなかったせいで力が落ちている。
己の衰えを嫌でも痛感する。
(駄目だな。鍛練も再開しなければ……)
自戒しつつ、俺は墓地を後にした。
これから急いで自宅に戻り、支度をしたら旅に出る。
今はとにかく時間が惜しい。
金を使って情報を集めるつもりだ。
知りたいのは戦時中の英雄についてである。
各地を巡り、彼らと接触しなければならなかった。
最悪、既に死んでいても構わない。
俺ならばどうにかできる。
虚脱感に襲われていた肉体は、いつの間にか活力で漲っていた。
目的意識が思考を明瞭にしている。
進む道が分かった途端、人間はここまで変わるのかと驚かされる。
死に時を逸した英雄達に相応しい時と場所を提供する。
それが俺の使命だ。
どれだけ時間がかかってもいい。
むしろ時間はかかる前提であった。
この時代に戦争はないのだ。
焦らずにじっくりと事を運ぶつもりである。
為すべきことを為す。
新たな戦争のために、俺は修羅の道を歩むことを決意した。