第39話 槍の英雄②
槍使いミハエルは、少し後ろめたそうな態度だった。
名乗りの歯切れの悪さから察するに、英雄を自称することに躊躇いを覚えている。
何やら確執があるのだろう。
しかし、そんな細かいことはどうでもいい。
ミハエルが英雄であることに間違いはない。
本人がどう思っていようとも、それは確固たる事実なのだ。
この場においてそれより重要なことはない。
俺は感心しながら思ったことを口に出す。
「この時代に英雄とは珍しい。魔導器の材料にされなかったのか」
「国の思惑なんて知らない。兵の一人として扱う方が都合が良いと判断されたんだろう」
ミハエルの言葉には自虐的な響きがあった。
確かに彼の魔力は貧弱で質もあまり良くない。
純粋な身体能力や技量が長所である一方、魔導器の材料に向いていなかったのだろう。
しかし、ミハエルは英雄という立場に置かれている。
兵の均一化が謳われる風潮に反しているが、要所では彼のような存在が求められているのだ。
たとえば軍の士気を上げる人間……いわばお飾りの象徴である。
魔導器ではどうにもならない部分を、形ばかりの英雄に託すのだ。
もっとも、ミハエルの場合は本当に実力も備えている。
逃げ去った刃影軍が束になっても、彼の槍には決して敵わない。
その在り方は皮肉にも旧来の英雄と同じだった。
(どれだけ技術で否定しても、英雄は生まれてくるということか)
空気感で比較すると、俺達の頃より肩身が狭い。
せっかくの実力も存分に振るう機会がなく、場合によってはお飾りの英雄紛いと同一視されるのだ。
屈辱的な扱いである。
ミハエルの双眸からは数多くの苦労が窺えた。
そのような状況に立つ人間が、崩壊した軍の最後の一人として俺の前にいる。
全身に獰猛な熱気と気高い覚悟を帯びたミハエルは宣言する。
「アッシュ・リーヴェライト。お前に決闘を申し込む」
「なぜだ」
「過去の英雄だと聞いて興味が湧いた。他の奴らが勝手に逃げ出したから、俺も勝手に戦うだけだ」
国のためではなく、己の信念に従っている。
ミハエルの本音は投げやりに聞こえるが筋は通っていた。
所属する刃影国の方針に沿った行動であり、彼を非難できる者はいない。
何より素直な闘志が心地よい。
現代の英雄が正々堂々と戦いを望んでいるのだ。
歓迎こそすれど、煙たがるはずもない。
俺はミハエルを一瞥し、ある考えを思い起こす。
(……ちょうどいいかもしれないな)
ブラハの願いを叶えるのに適した状況だ。
これほど都合が良いことも珍しい。
俺はミハエルに告げる。
「いいだろう。決闘を受けてやる。ただし戦うのは俺ではない」
「何」
亜空間に保管していた結晶の一つを取り出して、厳重に施された封印を解除する。
ゆっくりと立ち上がったのは、藍色の髪を縛った青年だ。
彼は"呪槍"の二つ名を持つ元王子の英雄であった。




