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第3話 平和な時代の元英雄

 戦場の感覚が急速に薄れていく。

 喪失感に焦って身体を起こすと、そこは殺風景な自室だった。

 死体はなく、嗅ぎ慣れた血や臓物の臭いもしない。

 最低限の調度品だけが置かれた空間である。


 窓から差し込む朝日を浴びて、俺は肩の力を抜いて息を吐いた。


「……夢か」


 胸に抱く感情は安堵、ではない。

 落胆や失望の類であった。

 喪失感が強まって痛みとなり、きりきりと苦しみを訴えてくる。


 俺は髪を掻いて立ち上がる。

 欠伸を洩らしつつ、なんとなしに窓の外に目を向けた。


 通りを行き来する人々が見える。

 誰もが楽しそうな笑顔を湛えていた。

 生き生きと充実した暮らしをしているのが伝わる。

 どう解釈しても平和な街の景色である。


 窓から離れた俺は椅子に腰かける。

 部屋の端には、戦闘用のローブが吊るしてあった。

 もう久しく袖を通していない。

 愛用の杖も埃を被って放置されている。


「戦争の日々は終わったんだ」


 言葉にした途端、疼きを覚えた。

 俺は深呼吸で気持ちを落ち着ける。

 じっとりとした汗が背中を濡らしていた。

 街の住民の明るい声が聞こえたので、俺は両手で耳を塞ぐ。


 世界規模の大戦は、各国を限界まで疲弊させた。

 兵も物資も無尽蔵にあるわけではないのだ。

 酷使すれば枯渇するのは想像に難くない。

 民衆の不満も自ずと高まり、反乱にも気を払わねばならない事態となった。


 やがて苦境の果てに、敵対中だった国が停戦条約を結んだ。

 それを皮切りに各国が模倣を始めた。

 すなわち終わりの見えない戦争を続けるのではなく、書面による平和を望んだのである。

 過去の損失を踏まると、ここが引き際だったのだ。


 百年以上にも渡る戦争は、ひとまずの終息を迎えた。

 形ばかりの条約が飛び交って抑止力となり、そのたびに人々は歓喜する。

 新たな時代への期待感が民衆の間で広がった。

 実際、それは大きく裏切られることなく世界に反映された。


 終戦をきっかけに各国の交流が始まった。

 様々な文化や技術が双方に影響を与えて発展を促す。

 戦時中に蔓延ったいくつもの差別も、時代に沿った価値観に上塗りされていく。


 最近では誰でも魔術が使えるようになる装置の開発が始まったらしい。

 先天的な素質がすべてとされる魔術が、一般的なものになるというのだ。

 才覚が均されることについては一概に良いとは言えないものの、新時代の技術革新には違いない。

 きっと人々の暮らしも便利なものになっていく。

 それは素直に喜ばしいことだろう。

 ただ、一連の変化を歓迎できない自分がいた。


(俺は戦場で死ねなかった)


 深い後悔と無念が渦巻いている。

 それらに苛まれながら過ごす日々は地獄のようだ。

 大多数が戦後の時代を受け入れているが、俺は順応できていない。

 殺し合うだけの殺伐とした世界に、拭い切れない望郷の念を覚えていた。

 異端であることを理解しながら感情を否定することはできない。


 今は戦争で得た莫大な金を切り崩して生活している。

 よほどの無駄遣いをしない限り、死ぬまで飢えることはないだろう。

 何も不自由がない。

 その気になれば新たな仕事だって見つかる。

 人々に感謝されながら生きていけるのだ。


 だが、俺は納得できていなかった。

 戦場で死にたい。

 平和な新時代に馴染めず、こうして苦しみ続けている。

 周りが歩む中で孤立しているのである。


 戦争主義は嫌われる。

 国に属するのは肌に合わないので、もう契約を結ぶ気はなかった。

 仮にまた非正規の兵士になったとしても、待っているのは指導官の地位だろう。

 決して俺の求めているものではない。


 かと言って傭兵になるのも違う。

 平和な時代では規模も縮小しており、魔物の討伐が活動の主軸になっていた。

 戦争の空気を欲する俺の居場所ではない。


 いっそ自らの手で戦争を引き起こそうかと思ったことはある。

 しかし、そこまで悪人になり切れないのだ。

 個人の望みを優先して、世界中の人間を巻き添えにするのは躊躇ってしまう。

 それが最低の行為であるという認識はあった。


 平和そのものは肯定している。

 ただ俺の性に合わないだけなのだ。

 自分の帰る場所を持たず、毎日のように戦争の夢を見る。

 それが"万能の錬金術師"と呼ばれた元英雄の現在であった。


「このまま無為に死んでいくのか……」


 どこか上の空になって呟く。

 現状を変えたいと考えつつも、明瞭な手立てが見つからない。

 そうして漠然とした悩みと焦燥感を覚えながら、俺は平穏に暮らす。


 親友の騎士が自殺したという報を聞いたのは、それから二年後のことだった。

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