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第2話 錬金術師は戦争を楽しむ②

 俺は戦争を愛している。

 所属も場所も主義も主張も興味ない。

 ただ己の命を晒して、存分に力を振るうのが好きなのだ。


 殺し合うこと自体が目的で、帰りを待つ人間もいない。

 戦場こそが俺の故郷であり居場所だった。


 いつか戦場で死にたい。

 既に死んだ者達が手招きして待っているだろう。

 早いか遅いか、それだけの話である。

 自分の番が回ってくる瞬間を期待しながら、俺は戦争に縋り付いている。


 気が付けば帝国軍の足並みが崩壊していた。

 阿鼻叫喚の大騒ぎだ。 

 向こうの陣形を崩せたのを確認し、俺は味方の軍に命令を飛ばす。


「今のうちに態勢を整えるんだ! すぐに反撃するぞ!」


 その時、壁の一部が爆発した。

 何者かが粉砕したのだ。

 土煙に紛れて味方の悲鳴が聞こえてくる。

 血飛沫が飛び、人間の手足や頭部が宙を舞った。


(誰が突破したんだ!?)


 俺はその場から動かずに土煙を注視する。


 堂々と闊歩して現れたのは屈強な体躯の獣人だった。

 灰色の毛に金色の瞳を持つ獅子の男である。

 両手の鋭利な爪は鮮血に染まっている。

 あれで兵士の人体を切り飛ばしていたのだろう。


 見覚えのある男だ。

 いや、忘れるはずもない。

 俺達は過去に何度も殺し合っている。


 奴の名は"獣王"フィリム。

 帝国軍の大将で、種族的な差別を力で捻じ伏せた傑物だ。

 魔術の一斉投射にも耐える土の壁も、奴の一点突破の破壊力には敵わなかった。

 あの爪がどんな金属でも紙のように切り裂くことを俺は知っている。


「面倒なところで来たな」


 小さくぼやきつつ、土壁に移していた視力を戻す。

 帝国軍の様子を見ている場合ではなかった。

 最たる脅威がここまで迫っているのだ。

 ここは何よりも集中すべきだ。


 一方、フィリムはこちらの軍に向けて挑発を行う。


「臆病な兵士どもよ! ワシが特別に相手をしてやろう。ほら、かかってこい!」


 空気を震わすほどの声量と、血染めの威圧感。

 気圧された兵士達は猛然と動き出した。

 恐怖に打ち勝ったのではない。

 理性を崩されたことで、蛮勇に走ってしまったのだ。


「やめろ! そいつから離れるんだッ!」


 俺は咄嗟に叫ぶも、聞き入れる者はいなかった。

 味方は雄叫びを上げて無謀な突進をする。


 待ち構えていたフィリムが爪を振るう。

 兵士はあっけなく細切れになった。

 豪快な動きが命を抉り取り、さらに加速して恐怖を広げていく。


 駆け出したフィリムは、軍の只中に跳び込んで被害を増大させた。

 大柄な体躯からは想像も付かない俊敏性だ。

 獣人族の特性を活かした動きは、突撃してくる数百の兵士を圧倒し、新たな獲物を求めて爪を閃かせる。

 勢いの付いた"獣王"フィリムが軍を薙ぎ払う。


 たった一人の戦士が形勢を覆していく。

 味方が、あっという間に、死ぬ。


 士気が急落し、兵は恐慌状態に陥っていた。

 彼らは無謀な突撃を行うか、背中を見せて逃げ出すかの二択に迫られている。

 軍としての機能はとっくに麻痺していた。


 このままでは壊滅する。

 敗北の兆しを嗅ぎ取った俺は、歯噛みしながらフィリムを睨む。


「くそっ……」


 兵を追い回すフィリムを狙って大地を操作し、土を球状に仕立てて包み込む。

 そのまま押し潰そうとした瞬間、内側から切り裂かれて破壊された。

 凄まじい反応速度だ。

 普通の敵なら今ので仕留められたが、やはり相手が悪い。


 今度は土の壁から礫を集中的に浴びせてみたものの、これも爪に弾かれて通用しなかった。

 魔力強化された爪は尋常でない力を発揮する。

 生半可な術では掠り傷すら付けられそうにない。


 それでも奴の注意をこちらに向けることには成功した。

 フィリムは俺の姿を認めると豪快に笑う。


「フハハハハハハ! まさか"万能の錬金術師"に会えるとはなァッ!」


「俺も驚いているよ。偵察隊によれば"獣王"は南東の戦いにいるはずなんだが」


「南東なら昨晩のうちに片付けてきた。つまらん連中ばかりで退屈だったぞ」


「……怪物め」


「ハッ、お前さんには言われたくないな」


 やり取りする間に、土壁の穴から敵兵がぞろぞろと侵入してくる。

 彼らはフィリムの背後に控えると、援護と追撃の準備を始めた。

 いきなり突撃してくることはない。

 フィルムの号令で動くように前もって指示されてるのだろう。

 せっかく挫いた戦意も見るからに盛り返していた。


 対するこちらの軍は瓦解寸前だ。

 戦力差は絶望的で、心理的にも奮い立つのが難しい状況である。

 軍全体から絶望感が伝わってくる。


 それでも俺は諦めなかった。

 帝国軍の真正面に立ち、全身を循環する魔力を知覚する。

 大地や空気に含まれる魔力にも注意を払う。


 己の中の昂揚感に気付く。

 埋めようのない劣勢を心底から楽しんでいた。

 すぐそばに迫る死の兆しを歓喜している。


 ――そう、これこそが戦争だ。


 心身が満ち足りて自然と微笑む。

 逆境は大歓迎だった。

 そうでなくては面白くない。

 自身の歪みを自覚しながらも、俺は"獣王"の率いる帝国軍に立ち向かった。

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