第19話 傭兵団の拠点①
十日ほどの移動を経て、俺達は目的地に辿り着いた。
そこは小さな廃都市だった。
荒涼とした大地の只中にあり、昼間でも陰鬱な雰囲気を漂わせている。
湿った空気と曇り空が余計にそう感じさせているのだろう。
崩れた外壁の向こうには苔だらけの街並みが広がり、そのさらに先には朽ちかけた城が見える。
老朽化どころの話ではなく、随分と長く放置されているようだ。
居住地としての機能は完全に失われていた。
そのような廃都市を拠点に提案したユエルは、流暢に解説をする。
「こちらはかつての大戦で滅びた青炎国の首都ですわ。周辺の魔力汚染が酷く、どこの勢力からも見放された場所ですので、私達が所有するにはちょうどいいと思います」
魔力汚染とは、空気中の魔力濃度が極端に高くなり、周辺の環境が著しく変質する現象のことだ。
主に大規模な魔術の乱用で引き起こされるもので、人体に様々な悪影響を及ぼす。
魔力濃度を下げる方法はあるものの、膨大な手間と時間がかかる。
この廃都市の場合は特に深刻な状態なので、隣接する国々も手を出そうとしないのだろう。
もっとも、俺達からすれば魔力汚染など大した弊害ではない。
魔術を駆使して肉体を保護できるからだ。
俺に至っては魔力吸収で己の糧に変換できるため、むしろ普段よりも調子が良い。
若返ってほぼ無尽蔵に術を使えるので、拠点とするには最適の環境であった。
「確かに俺達に打ってつけの場所だ。さすがユエルだな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
ユエルは頬に手を当てて微笑む。
その際、優越感に満ちた眼差しでミザリアを一瞥した。
明らかな挑発行為である。
ミザリアは苛立ちを隠さずに指摘する。
「廃墟同然じゃないか。本当にここでいいのかい」
「魂だけの死霊術師は黙ってくださる?」
「ほう、生意気じゃないか。あんたをアンデッドの奴隷にしてもいいんだがね」
「やれるものなら是非どうぞ。その前にあなたを浄化しましょう」
ミザリアとユエルは睨み合う。
もしこの場に二人が揃ったら殺し合いが起きていたに違いない。
そういう意味ではミザリアが幻影でよかったと思う。
口喧嘩だけで済んでいるのは、俺にとっても幸いであった。
「喧嘩はやめてくれ。先に探索を済ませるぞ」
二人に声をかけて廃都市へと踏み込む。
内部は魔力の奔流が絶えず発生し、まともに感知が働かなかった。
集中すれば可能だが、普段とは比較にならないほど感知範囲が狭い。
仮に何かが潜んでいても分からないだろう。
ここから先は五感に頼っていかねばならない。
「環境に適応した魔物が棲み付いているかもしれない。警戒は怠らずにな」
「承知しましたわ」
寂れた通りを黙々と進んでいく。
拠点とするために、まずは都市内を探索しておきたかった。
そこから地形操作で改良していく予定だ。
俺は念のために無刃剣を持っておく。
呼吸に合わせて魔力の刃が形成され、貧相な肉体が加速度的に若返った。
乾いた肌に艶が戻り、逞しい筋肉が身体を動かす。
一般的には有害な魔力も、俺の制御力の前では糧にしかならないのだった。
さっそくこの廃都市の有用性を実感しつつ、俺達は中央部を目指して移動を続ける。




