第15話 計画始動①
俺は旅を再開した。
予想外の形になったものの、ミザリアの力を借りることに成功した。
これで計画の基礎は完成したと言えよう。
封印してきた英雄の生死を問わず、万全な状態で蘇らせることが可能になったのだ。
本格的な始動に伴い、俺は各地の戦争に介入していく。
状況に適した英雄を呼び出して、彼らが未練のない死を迎えられるようにした。
無論、英雄の選定は慎重に行わなければならない。
平和な時代に居場所がないという共通点はあれど、それぞれが異なる未練やこだわりを持っているからだ。
望む死に場所も違うため、戦況や背景事情を詳しく知る必要があった。
別に間違えて蘇生しても大きく困ることはないだが、余計な失敗は控えるべきだろう。
ここまで俺は計四回の介入を実施した。
戦争の規模は様々で、そのうち一回は故人の英雄をミザリアの力で蘇生している。
四人の英雄は、俺から簡単な状況説明を挟んでから参戦してもらった。
最初に選んだのは"破戒僧"モッグだ。
寡黙な男で、岩のような筋肉を持つ戦士である。
魔獣に呪われた特異体質の彼は、憎悪に比例して身体能力が上がる力を有する。
およそ四十年前、人類が寄り付けないような秘境で、モッグは祈りながら魔物を撲殺していた。
大戦当時、俺とモッグは所属する勢力の位置関係から面識がなかった。
秘境にいたモッグは俺を見て驚いたが、特に何事もなく会話することができた。
粗暴な評判に反して穏やかな性格だったのだ。
そうして事情を伝えた俺は、モッグを封印して亜空間に保存していた。
今回、モッグにはかつて信仰した教団の危機に参上してもらった。
オリハルコンすら粉砕する究極の拳で、彼は思想弾圧を目論む敵軍を一人残らず殴り殺した。
最期は天に向けて懺悔し、信徒に見守られながら己の心臓を抉り出して自害したのである。
モッグが望んだのは一度きりの挽回だった。
長生きすることを恥じるモッグは、何よりも自分自身に憎悪を抱いていたのだ。
彼は戒律を破った過去を責められながら死ぬことを欲していた。
ところが窮地を救われた信徒達は、感謝と畏敬の念を以てモッグを弔った。
曰く、モッグのことは守護者として語り継いでいくらしい。
死後に"破戒僧"ではなくなったことに関して、果たして本人はどう考えているのか。
個人的には本望ではないかと思っている。
己を罰したいと願う一方で、赦されたいという想いもあったはずだからだ。
モッグは過去を清算し、教団の守護者となった。
その名は五十年前とは異なる印象で伝え広がっていくに違いない。
"砲王"ブラハはただの人間だ。
魔術的な才覚や特異な力は一切持たない。
しかし、兵器開発の鬼才であった。
その熱意はもはや愛……いや、狂気の沙汰に等しい。
彼の広めた技術が魔導器の誕生を二十年ほど早めたと言われるほどだ。
英雄というより文明的な偉人かもしれない。
人類史において、ブラハが最上級の発想と頭脳を持つことに誰も異を唱えないだろう。
ただ、その本性は無類の戦争好きで、極端すぎる火力至上主義だった。
ブラハは平和を何よりも忌避し、世界は常に戦禍に脅かされているべきだと考えている。
言うまでもなく危険人物であった。
戦後、ブラハが自前の兵器群で全世界に攻撃を仕掛けようとした寸前、俺は彼と接触した。
そして三日三晩の説得の末に、彼を封印するに至った。
遠い未来の戦争に期待したブラハが上手く従ってくれたのだ。
強情な奇人で、とにかく人の話を聞かない。
興味のないことはすぐ忘れる癖に、兵器に関する事項は砂粒未満の情報でも逃さない。
とてつもなく厄介な性格のブラハだが、彼も英雄の一人である。
新たな時代に居場所がなかったのは事実で、俺が手を差し向けるべき対象だった。
ブラハに提供した戦場は、四つの国が争う樹海である。
植物が異常な成長速度を持つのが特徴で、どんな破壊や汚染も半日で元通りになる。
その性質から樹海では無尽蔵の良質な資源が手に入る上、生息する妖精は魔導器の材料になる。
隣接する領土を持つ国々がこぞって奪い合うのは、当然の話であろう。
そのような場所に"砲王"を介入させた。
結論から述べると、樹海の戦争は十日ほどで終了した。
ブラハが圧倒的な力で四つの勢力を追い出した挙げ句、領土全域を独占して誰も手出しできなくなったのだ。
一日目、ブラハは樹海の植物と放置された魔導器の残骸を拾い集めると、即席で兵器を製造して各軍を殺戮した。
そこから戦利品を使ってさらに強力な兵器を生み出した。
彼を止められる者はおらず、戦闘をこなすたびにブラハの力は飛躍的に増していく。
最終的には数多の巨大ゴーレムと飛行要塞が大地を支配し、馬鹿げた火力ですべてを焼き尽くしてしまった。
凄まじい修復力を誇る樹海は、数週間が経過しても六割が焦土のままだ。
徐々に緑が生え始めているも、以前の光景になるまでは時間がかかるだろう。
完膚なきまでの勝利を果たしたブラハは現在、単独で樹海に滞在している。
彼は兵器開発を続けていた。
飽くなき探究心は満たされておらず、新たな境地を探し求めているのだ。
ただし、率先して攻撃を仕掛けないように釘は刺してある。
樹海の奪還を狙う者のみ返り討ちにしていいという決まりを定めておいた。
いつか誰かに殺される時まで、ブラハは己の限界を模索することだろう。
何か要件があれば手を貸してくれるそうなので関係的には協力者だが、正直かなりの曲者である。
万が一、ブラハが暴走したら俺が責任を持って止めるつもりだ。
能力的な相性で有利なのでそこまで苦労はしない。
地形操作で樹海を掌握し、魔力吸収で兵器を無力化できるからだ。
ブラハ本人は人間なので直接戦闘も問題ない。
向こうは規格外の天才だが、俺も別分野の異端なのだ。
臆することはなかった。
この時代は英雄を否定し、戦力の均一化を図った。
今となってはその理由も分かる。
俺達のように災害じみた存在が跋扈する世界は危険すぎる。
国家間の戦争よりも甚大な被害をもたらす恐れもあった。
しかし、俺はこの道を進むと決めた。
他を顧みず、使命に没するしかないのである。
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