第14話 利害の一致
俺はミザリアに縄を撒いて拘束する。
常に魔力を吸い取っているため、彼女は反撃せずに大人しくしていた。
さすがにここから逆転する術は持っていないだろう。
拘束を済ませた俺は、ミザリアを座らせてから念押しする。
「俺の血を染み込ませた縄だ。怪しい行動を取ればすぐ分かる」
「もう何もしやしないよ。見苦しく抵抗するほど愚かじゃない」
ミザリアは首を振って応じる。
確かにもう戦う気力は感じられなかった。
もしこれが演技なのだとしたら大したものである。
無抵抗で座るミザリアは、探るような視線で俺に尋ねる。
「あたしを殺すのかい。それなら修道院を頼むよ。あの子達が困窮しないようにしてほしいね」
「勘違いするな。お前を殺して何になる。俺はただ力を借りたいだけだと言ったろう」
俺は肩をすくめて苦笑する。
まさかいきなり懇願されるとは思わなかった。
疑っていたわけではないものの、彼女にとってあの場所はそれだけ大切なのだろう。
だから俺は断言する。
「修道院には迷惑をかけない。だから過去の英雄を蘇らせる手伝いをしてくれるか」
「嫌だと言ったら?」
「諦めて立ち去るだけだ。脅迫もせずに二度と会わないようにする。予備の手段はあるからお前に執着はしない」
これは事実だ。
最善ではないにしろ、いくつもの方法を俺は考案している。
五十年もあったのだ。
不測の事態は想定している。
すべてが順調に進むとも考えていなかった。
どこかで失敗しても補填できるようにしておくのは当然の措置であろう。
「子供達を人質にすると思ったか」
「あんたならやりかねない。戦争のためならね」
「否定しないさ。妥協するだけの余裕があれば、そもそも五十年も生き永らえようとしない。今の戦争が始まる前に死んでいる」
そう答えた途端、ミザリアの目に猛烈な殺気が宿った。
俺は調子を崩さずに言葉を続ける。
「だが、修道院には絶対に手出ししない。かつての英雄……お前の居場所であり、現代における功績だからだ」
「あたしのことを気にかけるなんて血迷ったのかい」
「俺は英雄の味方になると決めた。彼らの無念を晴らすのが目的だが、既に幸せを手にした英雄の邪魔はしたくない」
別に善悪や倫理の問題ではなかった。
過去の英雄が報われるように行動しているだけだ。
ミザリアだって英雄の一人なのだから、彼女のことを踏み躙るわけにはいかないだろう。
そんな俺の考えを聞いたミザリアは辛辣な感想を述べる。
「中途半端な志だね」
「自覚している。全力で踏み切れるなら、もっと潔い計画ができたはずさ」
もし諦めが良ければ、居場所のない平和な時代を受け入れることができた。
過去の英雄だけを尊重すれば、積極的に戦争を起こして混沌を招いた。
どちらもできないから、こうして半端な計画を進めている。
「この世界は様々な人間の欲望で出来ている。俺みたいな奴がいたって構わないだろう」
「今度は開き直りかい」
「ああ、そうだ。綺麗事では報われないからな」
ミザリアの指摘に頷いた俺は、一旦周囲を見回した。
結界の解けた森は荒れ果てている。
地形も大きく変わって激戦を物語っていた。
いずれも俺達がやったものだ。
俺はミザリアに問いかける。
「本気で戦うのは楽しかったか。随分と満喫していたようだが」
「ち、違う。あれは……」
「三屍神を強化して隠し持っていたなんてな。あれだけ戦争を否定していたのに、本心ではやはり殺し合いを望んでいたのか」
「いざという時のため備えだよ。力が無ければ言葉も通じない」
ミザリアは俯いたまま答える。
その言葉には、過去の因縁が含まれているようであった。
様々な悲劇を目の当たりにしてきたのだろう。
俺も彼女も英雄だ。
輝かしい戦歴だけでなく、争いがもたらす惨状も知っている。
「あたしには修道院を守る義務がある。ゆくゆくは規模を拡大して街を作るつもりだ。第二の故郷にしたいと思っている。それを阻む者には容赦しない」
「良い覚悟じゃないか。あの子達は幸せ者だ」
俺は素直な感想を口にした。
そして、拘束に使っていた縄を解いて手元に引き戻すと、ミザリアのそばを抜けて歩き出す。
「邪魔をしたな。他を当たらせてもらう。いつまで生きるつもりか知らないが、まあ頑張れよ」
「……ちょっと待ちな」
ミザリアの声で立ち止まる。
振り向くと彼女は不機嫌そうに立っていた。
「真剣勝負でやられたんだ。これで帰したらあたしの立つ瀬がない。そっちの要望を叶えさせてもらうよ」
そう言ってミザリアは目の前まで来る。
彼女は手のひらを俺の胸に当てて、何らかの術を発動した。
微かな光が体内に潜り、深部にて浸透するのが分かる。
次いで俺の中の力がミザリアの中へと移動した。
手を離した彼女は説明する。
「互いの魂を部分的に交換した。あたしは修道院を離れるつもりはないが、これで魔術を遠隔で届けられる。念話も自由だから、何か用があったら話しかけてきな。時代に抗う者の末路を見届けてやるよ」
つまり今後はミザリアの死霊術を頼れるようになったわけだ。
彼女が不在でも、遠くから力を借りることができる。
その繋がりとして魂の一部を交換したのだろう。
仕組みを理解した上で、俺は感謝より先に確認をする。
「……呪いは込めていないよな?」
「本当に呪ってやろうかね、クソ錬金術師が」
俺はミザリアに殴られた。
結構本気だったのか、頬骨にヒビが入った。




