第1話 錬金術師は戦争を楽しむ①
荒野の先から数千の兵士がやってくる。
彼らは揃いの鎧かローブを着て、剣や弓や杖といった武器を携えていた。
堂々と掲げられた軍旗が帝国軍であることを示す。
国境の砦を突破した部隊は、夜明けの光を背に進んでくる。
焦りを感じつつ、俺は後方を振り返る。
そこには味方である王国軍の兵士がいた。
ただし、その数は少ない。
おそらく千人もいないだろう。
出発前はもっと多かったが、連戦の中で犠牲となったのだ。
生き残っている兵士も長時間の戦闘で疲弊し、負傷者も続出している。
帝国軍との差は無視できないものであった。
戦況を確認した俺は小声で嘆く。
「見事な劣勢だな……まあ、いつものことだ」
この世界には戦争が蔓延っていた。
発端は百年以上も前のことらしく、もはや当事者の大半がいない状態である。
それでも終戦の兆しは一向に見えない。
各国が次々と参戦し、退くこともできないまま互いの利得を奪い合っているのだった。
現在、俺は王国に所属している。
正確には非正規の兵で、一年単位の契約でしか繋がりがない。
もちろん忠誠心など皆無だ。
即戦力を求める実力主義の風潮が合っているから雇われているだけである。
俺は戦闘に不向きな錬金術師だが、それで味方から侮られることは滅多になかった。
そうして今は王国の防衛戦に身を投じている。
帝国側の侵攻は著しく、ここで止めねば勢力図が塗り替わると言われていた。
責任重大な局面において、俺は王国軍の将軍を任されている。
この采配には異議を唱えたが見事に却下された。
都合の良かった実力主義が裏目に出た形だ。
役職のない兵士が気楽ではあるものの、そうも言っていられない事態なのは理解している。
徐々に迫りくる帝国軍は、魔力強化された盾を並べていた。
そろそろ一般的な術の射程に入る。
何らかの攻撃を仕掛けてくる頃合いだろう。
そう思っていると、一部の帝国兵が詠唱を始めた。
俺は口の動きから術の系統を先読みする。
(おそらくは中級の火炎……一斉投射で焼き払うつもりか)
王国軍の疲弊は甚大だ。
相手の術に対処するだけの余裕がない。
(俺が防御しなければ……)
圧縮詠唱で術の発動を早めつつ、左右の拳を地面に押し当てた。
大地の魔力を徴収し、地形変動を行使する。
刹那、眼前で地面が隆起して分厚い巨大な壁となった。
壁はこちらの陣営を丸ごと覆うような形状で固定化される。
直後に壁の向こうで炸裂音が鳴り響くが、振動ばかりで被害はない。
ぱらぱらと土が降ってくる程度だ。
帝国軍の魔術にもしっかりと耐えているようであった。
(火と土では属性の相性も良い。そう簡単には崩れないだろう)
物体の形や性質の変化は、俺のような錬金術師の領域である。
これで少しは時間を稼ぐことができる。
今のうちに反撃もしておこうと思う。
俺は拳を地面に当てたまま、術の構成を組み替えていく。
右目を一時的に封印し、土の壁に視力を移した。
人体の目と違って少し薄暗いものの、代わりに広い視野を確保する。
ちょうど土の壁の頂点から帝国軍を俯瞰する位置だ。
向こうの状況を確かめるのに最適である。
俺は土の壁を操作して、表面から無数の礫を放った。
放物線を描く礫は、雨のように帝国軍へ降り注ぐ。
仲間を鼓舞していた兵士は頭部が陥没した。
兜が潰れて、鼻や口から脳漿を垂らしながら倒れる。
盾で防ごうとした者は、背中まで一直線に穴が開いた。
礫には魔術の強化を与えており、落下の勢いも相まって高い威力を誇る。
人体どころか防具すらも容易に穿つのだ。
結界を張って味方を庇うのは魔術師か。
何度か礫を弾くことに成功したが、すぐに結界が砕け散った。
魔術師と数名の味方は全身が千切れ飛んで死んだ。
帝国軍は次々と肉塊になっていく。
容赦のない術を前に対抗策がないようだった。
さらに仲間の死が波及し、彼らから判断力を奪う。
俺の構築した術が大勢の人間を殺す。
その事実で胸中に抱くのは罪悪感……ではない。
背徳的な昏い爽快感だ。
最低だ。
それは自覚している。
俺は大量虐殺を楽しんでいた。
いくら敵兵とは言え、許されることではあるまい。
しかし、俺は、間違いなく、彼らが苦しみ死んでいく様を満喫している。
誰よりも地獄を堪能しているのだった。