新聞勧誘対パパ
パパのいるところに平穏とか静寂なんて呼ばれるものはなく、あるのは騒動と闘争のみ。……パパと新聞勧誘員との火ぶたが切って落とされたのは、先週の土曜日のことだ。
パパはあんまり本を読まない。
いや、正直にいうと、あんまりどころかぜんぜん読まない。
仕事の資料にするとき、いやいや読むだけで、ふだんはマンガばかり読んでいる。
しかも、平気でそれをわたしにも勧める。
そういうのって親としてどうなのだろうか。
わたしとしては、家にはもっと活字本を増やしてもらいたいと思う。
だいたい、普通、文筆家の部屋って言うのは、豪華な装丁の本に囲まれた立派な造り(すくなくとも世間一般のイメージではそうだ)だというのに、パパの部屋はマンガばっかり。
これはちょっと格好がつかなくていただけない。それに『ドラゴンボール』ばっかりを読み返して、ヒマさえあればかめはめ波の練習をするのもどうかと思う。
そんなパパだから、新聞なんかだいきらい。どうせとってもテレビ欄しかみないのだから、テレビ情報雑誌を買ってきたほうが安上がり、なんていう。
「いいか、ロジコ。新聞に書いてあることを、本気にするやつはバカだぞ。あんなのはな、国民を洗脳しようとする悪の国家や、悪の新聞社が発行している、ろくでも紙だ。そんなのもんにお金を払うなんて、どうかしているぞ」
というのがパパの言い分(じゃあいったいパパのいう正義はなんなの? と思う)。
だからパパは新聞勧誘もだいきらい。
でも、だったら居留守を使ったり、『いりませんよ』ってやんわりとかわせばよさそうなもの。おむかいの山名さんは、郵便受けのところにテープを張って、そこに『うちは読売!』ってはっきり書いてある。たとえばそういうやりかたをすればいい。
だけど、パパは堂々とでていって、平気でいってしまう。
「新聞なんか、いらない! だって、なんにもおもしろいこと書いてないじゃないかぁ! あんなもん、売るやつも、買うやつも馬鹿だ!」
これには新聞勧誘のお兄さんもカチンとくる。
「……ちょっと待ってくださいよ、旦那さん。どうしてそう言い切れるんですか? だいたい、新聞を読むのくらい、社会人の常識ですよ、常識! 新聞も読まないで、どうして社会の流れについていけるのかなぁ!!」
「そんなもの、ついていかなくてよい」
はぁーあ、とお兄さんは溜め息をついた。
「まったく、恥ずかしいですよ。いい年こいて新聞も読んでないなんて。……まあ、気が変わって新聞を買う気になったらいってくださいよ。うちはいつでも売りますよ。……あ、なんなら洗剤つけましょうか?」
「いらないよ、そんなもの。新聞なんて読むやつは、愚かものだけだよ」
いっつもそんな具合。
「……パパ、いい加減、新聞ぐらい買おうよ?」
見兼ねてわたしがいうと、パパはうげーっという顔する。
「あんなもの、買わんでよろしい……バカになる。それよりは、おもしろい本を一冊でも多く読むのがいいのだ。たとえばキツツキ探偵とか、アライグマ戦士とかだ」
どっちもパパが書いた児童向け小説だ。
……新聞買わないほうが、ばかになる気がするなぁ。
しかし、この新聞勧誘のお兄さんもただものではなかった。
パパがいらない、といっているのに、また勧誘にやってきたのだ。フツーあれだけいわれれば、二度目は避けて通るだろうに。このひとも相当変わってる。
「そろそろ、新聞買いたくなったでしょう」
にやつきながらいう勧誘員。
「いらない」
憮然と答えるパパ。
「そうですか。でもきっとそのうち買いたくなりますよ。きっとね」
「だから、いらない。二度とくるな」
しかし、新聞勧誘お兄さんは、三たび現れた。
……わりと根に持つ人なのかもしれない。
「おじさん、そろそろ新聞買う気になったでしょう?」
「いらない。ぜんぜんならない」
「かーっ、だめだなぁ。おじさん、それじゃあ職場でも浮いているでしょう? きっと、会社でも落ちこぼれてるんじゃないかなぁ?」
意地悪く、お兄さんが言う。
……このひともなかなかヤなひとだなぁ。
パパの肩が、怒りにぷるぷる震えだした。
……まずい、このままではパパが大暴れしてしまう!
パパは弱いくせに平気で大暴れする、一番たちの悪いタイプなのだ。
わたしが止めに入ろうとしたとき、
「あ、東雲さん!」
向かいの山名さんのうちのドアが開いた。
「……これは山名さん、おはようございます」
「おはようございます。……見ましたよ、新聞!」
「は……?」
「あら、知らなかったんですか。ほら、おとといの新聞の、最近の注目作家の欄! 載ってましたわよ?」
パパはきょとんとしている。
「ちょっと待っててくださいね」
と、山名のおばさんは、一回部屋に戻って、そして新聞の三面あたりを持ってきた。そこにはえらそうにしたパパの顔写真と、『子どもにもっともっと、おもしろいを! 新進気鋭の児童文学作家! 東雲定信!』とパパのインタビューが載っていた。
……そういえば少し前にそんな取材が来たっけ。
「すごいですわねぇ、さすが東雲さん! ……あ、よかったらこれ差し上げますわよ! 団地のみなさんにも伝えておきますね!」
と、山名さんは降りていった。
その目の前では、新聞勧誘が、口をあんぐり開けてきょとんとしている。
パパは勝ち誇った顔で、かれの肩をぽんぽん叩いて、はっきりといった。
「だから、言っただろ? うちに、新聞は、いらないんだ」
そういって景気よバァーンと戸を締める。
そのあと、パパはなんとも言えない嬉しそうな顔をした。
しかし、その新聞にはずいぶんパパのことをベタ褒めしていた。そのことをパパに言うと、パパはフンと鼻を鳴らしてこういった。
「言っただろう? 新聞はうそばかり書いてあるって!!」
わたしは『そうだね』とうなずいた。
……なんとなく、納得いかない気持ちをのこしつつも。
とにかく、それから、もう新聞勧誘はうちにはこなくなった。