パパの創作活動
物語とは走りだすものだとパパはいう。
大きなところでは、キレイな風景を見たり、いい映画や音楽、漫画を読んだとき。
ちいさなところでは何気ないことを知ったり、気付いたりなんかしたとき。
『それ』はすごい速度で頭の中をよぎるのだという。
パパは『それ』をなんとかつかまえて、ワープロのまだ点々しかうつってない画面に打ち込んでいく。そうやってできたのが、物語の元だ。
世の中にはただそれだけで物語が完成すると思い込んでいるひとが多くいる。だから文筆家なんて気楽な職業、と馬鹿にされることがある。
でも、大変なのはそれからで、今度はその物語の元を、うまーいぐあいに出版にこぎつけるために、あぶりだし、さらにふくらませたり、けずったりして形をととのええていかなくちゃならない。これがけっこう骨の折れるタイヘンな作業だ。
でも世の中にはスピードじまんの書き手というのもいて、
「いやー、この作品はしめきり前に三日で書いたものですよ、ハハハハ」
などと平気で言っちゃったりしている。
どちらかというと遅筆なパパは、そういう作家をとてつもなく憎んでいるため、いつも「散弾銃があればぶっぱなしてやれるのに……」と悲しげな顔でいう。
日本が拳銃社会じゃなくってほんとうによかった。
とにかく、パパは、時間をかけて、ワープロ画面に文章を定着させていく。
その過程で、パパにはさまざまな事態が起こるのだ。
ある日のパパはひどくのうてんき。
「なー、ロジコ……いままでずっと気付かなかったんだけどさぁー」
朝御飯の支度をしているわたしの横にやってきてパパがいう。
「なあに?」
「オレって天才だよなー!!」
……なにをいっているんだろう、このひとは。
わたしがなんと答えたらいいものか、困っていると、パパは勝手にひとりがてん。
「そうかー、やっぱりロジコは気付いてたか。いまのおまえの顔は『いまごろ、そんなこと気付いたの?』っていうあきれ顔だものな」
「ち、ちがうよ!」
これは『なにをばかなこと言っているの?』というあきれ顔だよ?
わたしは持っていたおたまを置いて、パパに言った。
「いーい、パパ? パパは天才なんかじゃないよ。ただの、フツーの、凡人だよ? だから、そんなだいそれたことを、いっちゃだめだよ。……人前では、とくに」
「またまたぁ、謙遜しちゃって!」
「パパ、たぶん、その謙遜という言葉の使い方は、いちじるしくまちがっているよ」
「またまたぁ!」
なのに、次の日にはひどく落ち込んだようす。
よろよろと台所にやってきたパパは、どんより、くらい顔。
頭の上に雨雲でもたちこめているみたい。
「ど、どうしたの? パパ?」
「ロジコ……オレはもうだめだ。もう、なにも書けない」
わたしはしゃもじを取り落とす。
「な、なに言ってるの?! 昨日はあんなに、自分は天才だって言ってたじゃない!」
「ああ……あれは、まちがいだ。パパのかんちがいだった」
パパは床を見つめながら、ひくい声で言う。
「最初からオレに小説なんか書けるわけなかったんだ」
「なにいっているの? いままでさんざん書いてきたでしょう!?」
「……あれはなにかのまちがいだ。……そうだ。全部、夢だったんだ。ほんとうはパパは小説家じゃなくって車掌さんだったんだ。だってホントは車掌さんになりたかったんだもの」
わたしは頭痛がしてきた。
「パパ、いい加減にしないとぶつよ? パパのいままで出版してきた本を持ってきてそれでぶつよ?」
「もう書けないんだ。許してくれ、ロジコ。……書けないんだ。書けないんだもん。書きたくないよ。だいたいパパには最初から才能なんてなかったんだ。もう…………絶望だ」
「……じゃあ、パパ、明日からスーツ着て、会社づとめする?」
「……ううん。絶対やだ」
パパはきっぱりといった。
「じゃ、書く?」
「……………………………………うん、書く」
その次の日。
「スラスラ書ける! スラスラ書ける! やっぱりオレは天才だー! ロジコー、ごはんはいらないよー!」
その次の日。
「だ、だめだーっ! こんな展開じゃだめだー! こんなお話、ヘンだー!」
その次の日。
『さがさないでください』と汚い字で書いた紙を残して、いなくなる。
夕方、帰ってくる。だけど、仕事部屋のほうは見ない。
終わったゲームのレベル上げを執拗にやる。
その次の日。
なんとか仕事テーブルの前にもどる。
お菓子をもって様子見にやってきた国木田さんにすごい勢いで聞くパパ。
「国木田ぁっ、オレは天才かー?!」
国木田さんはその勢いを殺さないように小気味よく答える。
「はいっ、天才です!」
「どれぐらい、どれぐらい天才だ?」
「日本がはじまって以来の天才です!」
「そうかー! オレの本は売れているかーっ!?」
「売れています! めちゃくちゃ売れています! 増刷増刷、また増刷です!」
「そうかー! 一生ついてくるかー?!」
「…………一生は嫌です」
「………………そうか」
そうして、そのうちにしめきりがやってくる。
なんだかんだで、いつもなんとか間に合ってくれる。
そうしてパパは途端になまけだす。そうしてつぎのしめきりが近付いてくると、またすこしずつ動きだす。我が家はそれの繰り返しだ。ちなみにその間にはわたしにもさまざまな苦難が降り注ぐのだけれど……それは諸事情により、今回は割愛する。




