わたしのパパはヘンなパパ
その日、わたしとリコピンは図書室で仲良く読書をしていた。クラブ活動をしていないわたしたちは、放課後をこうしてふたりいっしょに過ごして友情を深めるのに使う(なんて有意義な時間の使い方!)。
室内にはあまりひともいなく、静かで、聞こえるのは遠くからする運動クラブの掛け声くらい。リコピンは書棚からよりにもよってわたしのパパの書いた『キツツキ探偵』を持ってきて読んでいる。わたしは『そして五人がいなくなる』を読んでいるんだけど、リコピンが『キツツキ探偵』を読んでいると思うと気が気じゃない。
リコピンが、ふうー、と息をついて、ぱたんと本を閉じた。
わたしもキリがいいとこだったので、読んでいた『そして五人がいなくなる』を置いた。「それ、おもしろい?」
「うん。ロッちゃん(わたしのこと)のパパって、あいかわらず、すごいねー」
きらきらした眼で、リコピンは言った。ふだんからかわいい彼女だけれど、そうするとふだんの1.5倍ぐらいかわいらしい。
なんだか自分が言われてみたいで気恥ずかしくなり、わたしはぽりぽりとほほをかく。「そ、そうかなぁ?」
「うん、すんごいよ。わたし尊敬しちゃう。どうすればこんなにおもしろい話が書けるのかなぁ。……すごいなぁ」
そんな風に言われると、つらい。
だってうちのパパってば、そんなに尊敬されることはしていないから。ゲームとマンガ読書ばかりを繰り返して、あとはナマケモノみたいに食っては寝てるだけ。それなのにそんなに尊敬されてしまうと、ちょっと困る。
「わたしは、リコピンのパパのほうがすごいと思うなぁ」
だって、リコピンのパパは、アメリカのホームドラマにでてくるような、おおらかでカッコのいいパパの日本版って感じなのだもの。
できることなら、うちのぐうたらパパと交換してほしいくらい。
「それはねぇ、ロッちゃんがいるときにはしっかりしているけれど、うちのパパもけっこうだらしないんだよ。お洋服を脱ぎっ放しにするし、すぐどこにものを置いたか忘れるし」 あ、うちのパパとおんなじだ。
あんなにしっかりして見えるおじさまがパパとおなじようなことしてるなんて意外だ。 でも、リコピンのパパはきっとごはん粒をぽろぽろこぼしたりとかはしないだろう。うちのパパはする。落としたやつでも、五秒以内ならセーフなんていって、平気で拾って食べたりする(情けない。いくら親友のリコピンにも、こんなことは言えない)。
それにうちのパパは、すっごいヘンだ。
どうしてヘンかって、それもちょっと言いたくない。たくさんありすぎるし、それに、恥ずかしい。あんまり人前にもでてほしくないくらい。
きんこんかんこーん♪
下校時刻の放送が流れ始めた。
わたしとリコピンは、貸出手続きをした。
わたしが図書カードをだすと、それを見た図書委員のお兄さんが不思議な顔をした。
「ねえ……きみのこの名前、なんて読むの?」
黒ぶち眼鏡のかれは、きょとんとして、聞いてきた。
その表情に、よくある妙に面白がったり、バカにするような感じはない。ただ、純粋に知りたかったんだろう。わたしはべつに気を悪くすることもなく、教えてあげた。
「ロジコです。シノノメ・ロジコ。ちょっとヘンな名前でしょ?」
お兄さんはふるふると手と首を振った。
「ううん、そんなことないよ。ただ、むずかしい字だからなんて読むのか気になって。なんだか古風で凛としていて、でもどこか今風で、とてもいい名前だね。ぼくの名前なんか、田中太郎なんていうんだよ? ……うらやましいよ」
恥ずかしそうに笑うと、貸出の赤いハンコを押してくれた。
わたしとリコピンは図書室を出た。
廊下で、リコピンがぷぷっと笑った。
「……田中太郎だって。ほんと、すごい日本風な名前よね」
「うん。でも笑ったら、だめだよ」
「ロッちゃんも笑ってるじゃん」
「だって……」
でも、田中太郎さんはいいひとでよかった。
……そう、わたしの名前はロジコという。漢字で書くとこう……路地子。東雲路地子。パパが付けた名前。ヘンな名前だっていやなひとは言うし、たしかに自分でもあまり好きなほうじゃない。だからわたしはこの名前で呼ばれるのもあまり好きではない。
だけど、名前を馬鹿にするやつは許さない。
だってこの名前は、たとえヘンでも、わたしにとって特別な名前なのだから。
なぜって? ……それはまたそのうちに。