パパは文筆家
その夜、わたしは夢を見た。
夢の中でわたしは、昨日のようなおそろしい暗闇の中で、ずっと不安で震えている。
すると、真っ暗な暗闇の中、遠くのほうで光が見える。すこしずつ近づいてくるそれは、なんてことはない、パパの机の電気スタンドの光だった。だけれどわたしは、その光と、机に向かうパパの背中と、そうしてあのいつものタカタカタカという音に、なぜだか、たとえようのない安心感を覚えて……それは、ずっと真っ暗な海を航海をしていた船が、ようやく灯台の灯を見つけた時のような気持ちだと思う(もちろん、わたしにそんな経験はないけれど)……なぜだか不安も震えもどこかにいってしまった。
真夜中に目が醒める。気になってパパの部屋を覗き込む。
あの光と背中と音は夢でなく、安心したわたしはもう一度寝た。
それからしばらく、パパは毎日三時間睡眠でがんばった。わたしもおにぎりを作ったり、邪魔にならない程度にいろいろ協力した。
その間、パパの主食はワープロ前でのバナナクーヘンといちご牛乳。席を立つのはトイレだけ。そういう生活をしていると、実にスムーズに、みるみるうちに原稿が片付いていった(なぜ最初からこの力をださない……) 。
原稿を受け取りにやってきた国木田さんは、うれしさに大喜びして、「センセェ、こんどカニでも食いながら次回の打ち合わせしましょう!」といった。パパはカニの魅力におおいにテンションをあげて、調子に乗って、構成もかんがえていない次回作への意気込みなんかを国木田さんに語ったりしていた(……よせばいいのに)。
ひとまずすべてのしめきりに別れを告げると、パパは一日十三時間睡眠に戻った。また、起きてる間はゲームやったり、漫画読んだりの怠惰な日々だ。
でもわたしはあまりうるさく言わなかった。どうせ、もうしばらくすれば、パパはまたしめきり地獄に追い立てられるのだから。それを乗り切るためには、ちょっとぐらいの休息も必要だろう。
なんといっても、目指せ、庭付き猫付き一戸建て、なのだから。
焦ってはいけない。
また、同じ理由で、『いもうとは狐憑き』のヒロインである、ヒステリー少女のモデルがだれであるかも、深く追及しないでおいた(わたしは、断じて、あのヒロインのロコちゃんほど、ワガママではない!!)。
数日後、国木田さんが約束通り、カニのおいしいお店に連れて行ってくれた。なかなかの高級店で、パパとふたりでいくにはちょこっと敷居が高そうなお店だった(こういうところに平気で行けるあたり、出版社はホントに地下でお金を刷っているのかもしれない)。
パパは「おーおー、カニカニィ!」とおおはしゃぎ。カニを肴に、パパと国木田さんは次回作の構想やなんかについて、そこそこ熱っぽく語っていた。
が、途中でお酒が入るともう駄目だった。パパはお猪口いっぱいだけのお酒で完全に頭をやられ、わけもなくわはわは笑い続けながらバイトさんをからかっているし、国木田さんはそんなパパに向かって『たんぽぽ娘』の素晴らしさについて泣きながら延々、語っている。「ぼかぁ、ああいう作品がまた読みたくて、それを読む人に伝えたくて、編集者になったんですよぅ……聞いてますかぁ!? 聞いてますかぁ東雲さぁん!?」
「わはわはわはわはわはわはわは!!」
わたしはその横で、カニ肉をほじくりだしながら、切に思った。
カニはおいしいけれど、できることなら、もっとフツウに暮らしたいな。
……でも、となりのおとなたちの様子を見る限りでは、とうぶんそれは無理そうだった。
おわり




