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パパは文筆家  作者: 八木(やつぎ)
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わたしのひどい休日の話 その五

 わたしはふとんに入ったが、なかなか寝付かれなかった。

 ……いまごろ、パパは、イライラが最高潮になって、部屋をしっちゃめっちゃかにしてないだろうか。……それとも絶望感にうちひしがれて、部屋のすみっこででひとりで泣いているだろうか。

 ……好きにすればいいのよ、パパなんて!!

 わたしは枕をもっておばあちゃんの部屋にいった。となりで寝ていいか聞くと、おばあちゃんはよろこんでもうひとつふとんをしいてくれた。それでもやはり眠れない。

 困っていると、おばあちゃんが笑った。

「ロジコはむかしから、寝付きのわるい子だったからね。いつも苦労したね。たくさん物語を聞かないと眠らないのだもの」

 そういえばママが生きていた頃は、いつもお話をしてくれたような気がする。

 そういうと、おばあちゃんは不思議そうな顔をした。

「そりゃあちがうよ。葉子はおまえより早く寝てたからね」

 ……だけれど、わたしはお話をしてもらった記憶がある。なぜだろう。

 おばあちゃんは笑った。

「そりゃあね、定信だよ。いつもおまえにお話してやってたのは。おばあちゃんも聞いてたことあるよ。そのころ、まだおまえのパパは稼ぎが少なくて、おまえに絵本も買ってやれなかったころ、おまえのパパは自分が即興で考えたお話を、眠る前に、いつもおまえに聞かせてやっていたんだよ」

 うそだ、そんなの。

 わたしは思ったそのままを口にした。

「うそじゃないさ」

 だって、わたしはママに本を読んでもらったんだもの。そうだ、クマのトムソンとか。

 すると、おばあちゃんは不思議そうに首をかしげる。

「『クマのトムソン』はおまえのパパの作品だろう?」

 ……そんなバカな!

 わたしはガバッと布団をはね飛ばして起きる。眼がよけいに冴えてしまった。

「信じないのかい。やれやれ。ちょっとお待ちよ」

 おばあちゃんは起きると、ママの部屋に向かった。しばらくすると、絵本を持って戻ってくる。わたしが大好きだった、緑と白のクマのトムソンの絵本。

 表紙のところを指差して言う。

「ほらね?」

 そこには、たしかに『しののめ・さだのぶ』と書かれていた。わたしは愕然とした。いままでキャベツだと思って食べ続けていたものが、レタスだとわかったときぐらい……いいやこのときのショックはそんなものとは比べられない。きっと、大好きだった男の子が女の子だったくらいショックだ(もちろん、わたしにそんな経験はないけれど!!)。

 おばあちゃんは、むかしを思い出して笑っていた。

「そういえば、あのころ、おまえが風邪引いたときは、まー、タイヘンだったね。定信のやつが興奮してさ。ロジコが死ぬ、ロジコが死ぬってさ。必死だったね」

 ……そんな話、覚えてない。

「覚えてるはずないさ、おまえは四十度の熱だしてたんだから。あいつにはタクシー乗るお金もなかったんだ、あのころは。もちろん、うちには車もないし、あいつはだいたい免許もってないからね。そうしたら、おまえ、どうしたと思う?」

 わからない。

 首を振ると、おばあちゃんはほほえんだ。

「裏にある大八車におまえをのっけて、葉子とふたりで病院まで引いていこうとしたのさ。さすがにお隣りさんが止めて、車で病院まで乗せていってくれたけれどね。それにしてもあのときの定信ときたら、まー、正気じゃなかったね」

 わたしはなにも言えなくなった。

「……定信、いまごろおまえがおらんで困ってるかのう」

 おばあちゃんがぽつりと言った。

 わたしは、決めた。

「……ごめん、おばあちゃん! わたし、やっぱり帰る!」

 おばあちゃんはギッョとした顔になった。

「帰るって、おまえもう遅いよ。明日にしたら?」

「ダメ、いま帰る」

 おばあちゃんは「風邪引くんじゃないかね」と心配した。

 わたしは首を振って笑う。

 そうしたら、またパパに大八車を引かせてやればいい。今度はひとりで。

 わたしはママの古いパジャマのまま、自転車に飛び乗って、団地への道を急いだ。

 暗闇はもう、昨日ほど怖くは感じなかった。


 団地の前に着いた。勢いのまま、自分の部屋の扉のまえまで進んで、そこで止まる。

 すこしだけためらって、扉を開く。

「……ただいま」

 たゆみなくタカタカという音がしていた。聞き慣れた音。使い古したキーボードがたてる音。

 それが、止まった。

 ぼさぼさの頭、よれたシャツのパパがやってくる。なんだか照れくさそうに、頭をかいて。その手には、完成した短編原稿。

 パパはそれをわたしに突き出すと、まるでなにごともなかったかのように、いつもの口調でいった。

「どこかヘンなとこない?」

 わたしは溜め息を飲み込んだ。

 ……パパは、やっぱり本当に天才なのかもしれない。

「いま、見る」

 わたしは赤ペンを手に取ると、その『いもうとは狐憑き(仮)』(タイトル)を、早速読みにかかった。そのあいだじゅう、パパの部屋からはタカタカという音がとぎれることなく聞こえていた。

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