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パパは文筆家  作者: 八木(やつぎ)
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わたしのひどい休日の話 その二

 いつのまにか夕暮れで、いつのまにか海の近くにいた。二三度、転んだせいで、わたしの大事な自転車には、いくつもキズがついていた。大事に大事に乗ってきたのに。最初についてたビニールの包装も、ボロくなってはがれるまでくっつけといたのに。それぐらい大事に乗ってきたのに……。

 地面は石がごろごろしていて、そのうえを走る。わたしはバランスを崩した。自転車のうえに倒れる。

 ……こういうのをきっと、泣きっ面に蜂っていうんだろう。

 わたしはもう動くのをやめた。立ち上がるのも、身体を起こすのも面倒だった。

 そのまま、すこし泣いた。

 ……いつから、こんな風になってしまったんだろう。

 すくなくともママのいた頃はこんなじゃなかった。あの頃、わたしはまだ小さくて、そのころの記憶もあいまいでしかないけれど、パパはもっとしっかりして、ちゃんと仕事をこなしていた。家事をするのも、パパの原稿を見るのもママだった。ママは本当に楽しそうに、パパの小説を読んでいた。そうやってできた本は、みんないい本ばかり。わたしは完成したやつを好きに見るだけでよかった。見なくても良かった。

 ……ママが生きていればよかったのに。そうすれば、わたしはこんな悲しい思いをしなくて済んだのに。パパはあんなにいい加減でもなかっただろうに。わたしはもっと普通の女の子として小学生やれたのに。

 つぎからつぎに悲しみがこみあげてくる。自分のどこにこんなに悲しいものが隠れていたのかと不思議になるくらい。なまあたたかい涙が止まらない。

 もしかすると……

 もしかするとあのひとはわたしの本当のパパじゃないのかもしれない。あんなにがんばっているのに気持ちがなにも伝わらないなんて、絶対におかしい。

 そうだ、そうにちがいない。わたしの本当のパパは日本のどこかで、わたしのことを心配しながら暮らしているに決まっている。そこにいけば猫も飼えるに決まっている。じつは死んだママも生きていて、そこで幸せに暮らしているかもしれない。……そうだ、荷物をまとめて本当のパパ探しの旅に出よう。

 ……夜の海は不気味だ。ざあざあ言う波の音は、どこか遠くの音のようでいて、近くに忍び寄ってくるような、いやな感触がする。

 泣いているうちに、わたしは段々こわくなってきた。なんだか、砂浜だけじゃなく、この星の、この夜にひとり取り残されたような、おそろしい気持ちになってきた。

 わたしは慌てて自転車を起こし、もう一度自転車をこぎだした。

 どれぐらい走ったか、ようやくそこがふだん見慣れた道であることに気付く。夜の帳はそんなことさえわからなくする。どんどん不安になる。

 気がつくとおばあちゃんちの玄関前にいた。

 チャイムを鳴らすと、ややしておばあちゃんが出てきた。

 わたしの様子に驚いて、どうしたのか、と聞いていた。

「パパとケンカして家でしてきた」

 わたしが正直に言うと、おばあちゃんはそれ以上はなにも聞かず、お風呂の準備をしてくれた。気付かないうちにあちこち擦りむいていたから、けっこうしみたけれど、夜闇が見せるいやな気持ちは消えていた。

 お風呂をでると、傷の手当てをしてくれ、そのあといっしょに夕飯を食べてくれた。

 ママの部屋にいくと、そこに布団が敷かれていた。

「定信にはわたしから連絡しておくから」

 おばあちゃんはそう言うと、おやすみを言って自分の部屋に戻っていった。ママの部屋の、ママの布団。懐かしいママの匂いがする。わたしはママが隣で寝ていてくれるような、隣で、本を読んでくれていたときのような、心安らかな気持ちになった。

 その夜は、バカのパパのことなんかすっかり忘れて、わたしはぐっすり眠った。

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