しょうもない学校での出来事の話
正直、認めなければならないのは、その日、わたしはとてもイライラしていたことだ。パパは仕事もせずに寝てしまうし、わたしがちょっとスキさえ見せればファミコンにかじりつこうとする。週刊誌のエッセイのしめきりと短編のしめきりが迫っているというのに、パパのワープロにはそれとはなんの関連もない言葉の断片や雑文ばかり。
わたしはもしかすると、来月には団地の家賃が払えなくなって、再来月には追い出されるかもしれない、という陳腐だけれどありえそうな苦い妄想にとりつかれていた。
なんといってもうちのパパだ。いっしょにレストランに入るときはちゃんと財布を忘れてきてないか確認したくなるようなひとなのだ。
それは、三時間目の体育の時間の帰りに起こった。その日の体育は体育館で、男子はバスケット、女子はバレーだった。先生にボールの片付けを命じられたわたしとリコピンは、ふたりでボールがいっぱいつまった鉄のカゴをうんしょうんしょと運んでいた。なかなかつらいけれど、おそらく、こういうことの積み重ねによって友情というものは育まれるものであろうから、わたしたちふたりはともにがんばった。
そこにゴリゴ(人間名・森田五郎。クラスのいやな男子)と、そのとりまきがやってきた(ひとりじゃなにもできないから、ヤツはいつも仲間連れだ。女の子より女の子みたい)。連中は見るからにいやらしい顔つきをしている。リコピンが不安そうにわたしの服の袖を引っ張った。わたしはうなずいて、彼女にくっついて素早く教室に帰ろうとした。
「いっつもいっしょにいるなぁ、おまえらぁ」「デキてんじゃないのー」
顔つきだけじゃなく、言うことまで汚いやつら。わたしとリコピンは無視して、とっとと教室に向かった。つきあってられない。
それでも不快感……たとえようのないイヤな感じだけは、わたしたちのなかに残った。
それはたとえゴリゴたちに汚い言葉をぶつけ返しても、あるいはべつのやり方で痛めつけてやっても、きっと消えないものなんだろうと思う。わたしはひどい理不尽を感じた。
その日は、そのままおうちに帰るのはなんとなくいやだったので、わたしのおばあちゃんのうちで、リコピンと遊んでいくことにした。おばあちゃんはいつも、わたしがこのうちで遊んだり休んだりすることを快く了承してくれている。
いつも使うのは二階の奥にある、日当たりのいい部屋だ。ここはもともとはママの部屋で、ほこりを防ぐために部屋の中のものには布がかぶせられているけれど、それを外すと、ママがこの部屋を使っていた頃と、ほとんど変わらない状態に保たれている。
わたしたちは足下の本棚に、隠すようにして置いてあるマンガ本をひっぱりだして読んだ。ママは一人っ子だったから、おじいちゃんはママによく本を買い与えてあげたのだという。古い少女漫画がほんとうにたくさんある。
竹宮惠子の『わたしを月まで連れてって!』だとか、萩尾望都の『トーマの心臓』だとか、それから『綿の国星』だとか……。それからお茶にしながらそのお話についておしゃべりした(もちろん話の矛先はそのつどあちこち飛ぶのだけれど)。
わたしは家に電話して、そのままうちに帰らず、夕食もおばあちゃんちでよばれていくことにした。……なんだかもう、今日はパパの相手もしたくなかった。電話の向こうのパパはとくに気にした風もなく、「じゃ、カップ麺食う」などと平気でいっていた。
ご飯を食べ終えると、お仏壇のある和室で、わたしは足をのばして体を楽にした。そうすると自然と顔がうえを向き、欄間に飾られた写真に目がいった。
額縁にはめられた、しかつめらしい顔つきの老人は、形の良いアゴに真っ白いひげをたくわえていて、威厳のあるまなざしで遠くを見据えている。
このひとは一昨年、大往生でこの世を去ったわたしの祖父、東雲菊地郎さんだ。顔は怖いけれど、わたしにはとても優しくて、この写真みたいな顔を実際に見たことはない。いつもわたしの相手をするときは相好を崩した、でれでれした顔をしていたからだ。
だけど、入り婿だったパパにはとても厳しかった。……まあ、婿にきたときの理由が『竹川(パパの旧姓)なんかより東雲のほうが名前がカッコイイから』なんてふざけたことを平気で言うようなスチャラカなパパじゃしかたがないけれど。
とにかく、パパとおじいちゃんは最後まで犬猿の仲で、いつもケンカばかりしていた。入り婿なのに団地に住んだりしてるのも、それて関係があるのかもしれない。実際、パパはときどきおばあちゃんの様子見にお菓子を買いにくる以外は、このうちにあまり寄り付こうとしない。なんとなく、このうちにおじいちゃんがまだいて『敷居をまたぐんじゃねぇ』と言ってるような、霊的パワーというか、怨念みたいなものを感じているのかもしれない。
わたしは畳に寝転がった。
和室独特の、古い木の匂いといぐさの匂い、押し入れから漏れる座布団や防腐剤の匂いに、なんだか妙に、まだママやおじいちゃんが生きていたころのことが思い出されて、懐かしいような、悲しいような、不思議な気持ちになった。




