前日談 宿部屋爆破事件の顛末
「まず、犯行は魔法によるものではありません」
とある村の宿で起こった爆発事件翌日の昼下がり。
事件に関係する人々を、残骸が散らばるこの宿の一室の跡地である爆発現場に集め、僕が放ったこの一言は前提を覆すものだった。
「え、いやバカ言っちゃいけねえ。あの爆発はどう見たって……」
関係者達から次々と困惑の声が挙がる。
僕以外の誰もが事故か何かだと思っていたのだろう。
「はい、当初の皆さんの見解ではリチャードさんが亡くなったのは爆破魔法によるもの。それが事故なのか他者が引き起こしたものなのかは分からなかったと。でも僕はその前提がまず間違ってると考えています」
みんなの反応が想像の範疇だったため、僕は淡々と語り続けた。
「そりゃどういう意味なんだ?リチャードのおっさんはあの部屋が吹っ飛ぶほどの大きな爆発でおっ死んじまったってわけじゃないってのか?」
宿の一室が突如重々しい響きと熱気と強い衝撃に包まれたのは、昨日の夕食前の事だった。
部屋の中にはリチャードという名の男性が、無残な姿で残されていた。
「ええそうです。遺体の損傷が激しかったからよく見てない人もいるかもしれないですけど、彼の首に特徴的な傷があったでしょう?亡くなった原因はあれです」
「あの傷も、爆発の時にできたものじゃないの?」
宿にいた一人の女性客がそう言った。
その可能性ももちろん否定できない、爆発の衝撃で破片か何かが被害者の首を傷つけたというのは十分ありうる話だ。
だが、それは爆発時にできた傷であると言う前提の元の意見であり、これまた僕の推理とは別方向だ。
「いえ、あの傷は爆発の前にできたものです。つまり僕が言いたいのはーーリチャードさんは小屋が吹き飛んだ時にはすでに亡くなったいたんです」
「な、なんだって!?」
再び場がざわめいた。
「さらに言えば、あの爆発自体も魔法によるものではありません。もっと古典的なものが原因です」
この宿の従業員、また訪れていた来客者の中に魔法を巧みに扱える人はいなかった。
なんでもかんでもすぐ魔法や魔物の産物にしたがるのはこの時代の人間の悪いところだ。
「いやしかし、砕けた使用済みのルビーが転がってたじゃないか!色も薄くなっていたぞ」
「そうですね、確かにこのルビーは事件後、ここに転がっていた物です」
ポケットから、昨日拾った薄い赤色の鉱石を取り出して見せた。
表面は所々損傷している。
主に炎魔法を扱う時に使用する石だ。
「通常、魔法に使った鉱石から色が失われる理由は、その石の力を使い果たして、もう使えなくなってしまった時、もしくは詠唱時に大失敗してしまった時です。」
「実際に鉱石を魔法の使用に用いて、消耗しきった場合は砕け散って粉々になります。でもーー」
再びみんなの目を手に持つ石に注目させる。
「見てください、このルビーは砕けたと言っても、比較的形は保っている。万能鉱石のダイヤモンドほどではないにしろルビーも硬い鉱石なんです。爆発に巻き込まれたとしても、このように表面が少し削られるだけでしょう。それに薄くなったとはいえ無色じゃない、このルビーはまだ炎魔法の媒体として使えるものです」
なるほど…
確かに…
そんな呟き声がいくつか聞こえた。
魔法が使えない人でもこれくらいの基礎知識は持っているものだ。
「そもそもこれが現場に残ってる事がおかしいんです。外部の魔法使いの犯行だったら、爆発に巻き込まれないように部屋から離れておく必要がある。ダメージを受けたルビーが現場に残るはずがない。」
「じゃあなんでそれがここに?」
ちょうど良い具合に合いの手が入るので、僕としてはとても話しやすかった。
「偽装ですよ。魔法使いの仕業に見せかけたかったんでしょう。実際に部屋を爆破するために使ったのは魔法じゃない、火薬です。」
これがさっき言った「もっと古典的なもの」だった。
部屋の四隅や、木製の床、あちこち指を指してさらに続けた。
「部屋の四隅の損傷がもっとも酷いのがわかるでしょう?爆裂魔法って一点から広がる爆発の仕方をするんですよ。でもこの部屋に残された爆発源の痕跡は四隅にある。そしてこの黒炭」
「さらに床のところどころに残された細い線のような黒い跡、これは導火線の跡です。随分長い紐のようですから、火をつけてから爆発するまでには少し時間がかかったと思います」
ひとまず先に説明したい事項はここで喋りきった。
しかし、僕の話を聞いている人たちは顔をしかめ、首を傾げ、そして沈黙してしまった。
何がなんだか分からなくなってきたのだろう。
「さて、ここで皆さんがもっと理解しやすいように一つ実験をしたいと思います。クラウスさんちょっと手伝ってもらえますか?」
と、僕は一見細身に見えて引き締まった体つきの中年男性クラウスさんに声をかけた。
「え、俺でいいのか?」
「まあ誰でもいいんですが、僕の前に立ってください」
彼は大人しく僕の前に立つ。
「まず、この剣を引き抜いてもらえますか?」
と、鞘に収めたままの剣を差し出した。
剣の向きは左利きの彼から見て、右側に握りが来るように、水平にした状態だ。
「お、おう?」
彼は左手でスッと、引っかかる事なくスムーズに剣を引き抜いた。
僕は内心ニヤリと笑うような気持ちになる。
「ーーっと、これでいいのか?」
「逆手持ち……」
ボソリと、でも目の前の彼に聴こえるように呟いた。
「え?」
「逆手で抜くんだなぁって思って、しかも随分慣れた手つきで。普通剣をこういう風に差し出されたら左手で抜くと思うんです。仮に右手で抜こうとしても逆手で抜いたりはしないはずだ」
「な、何を言って……」
クラウスさんは微かに顔を歪め始める。
元々確信を持っていたが、この動作のおかげで僕の推理にさらに色がついた。
畳み掛け時だ。
「リチャードさんが死因は首の傷に起因する。ーー僕はそう言いましたよね。犯人はナイフのようなもので彼の首を掻っ切ったんですよ。それも傷を見る限りかなり手慣れていたようだ。」
「あなたは迷いなく、剣を逆手で取った。僕の予想ではあなたは元々シーフか何かだった。違いますか?」
「人が一人正面から殺された。正面から襲われたら普通は抵抗しますよね?なのにも関わらず宿にいた誰一人として言い争いや騒動の音のようなものを認知した人がいないんです」
「でも、素早い戦闘術を会得してるシーフやアサシンのような人が犯人なら話は変わってくる。リチャードさんは犯人の姿を見た、しかし抵抗する間も無く殺害されてしまった。ーーそう思うんです。」
この頃になると、クラウスさんが冷や汗をかき始めていた。
「そうして、リチャードさんを殺害した犯人は、自分の犯行を魔法によるものと思わせるために火薬で部屋ごと吹き飛ばす事にした。長い導火線を使ったのは、自分が巻き込まれないようにするためだったわけじゃない、僕たちの前に姿を現している状態で爆発を引き起こすためだ。これをアリバイって言うんです。」
僕やクラウスさんを含め、事件発生当時、リチャードさんを除く来客者は全員が宿の食堂にいた。
「ちょうどあの時この宿の夕食どきだった、みんなが集まる食堂に犯人が一緒にいる状況で部屋が吹き飛べば、疑いはいっそうかかりにくくなる。まさに絶好の機会だ」
「もう説明はいいでしょう。リチャードさんを殺害し、その部屋を爆破した犯人はあなただ。クラウスさん」
鼻息が荒くなったクラウスさんを指差し、突きつけた。
周りのみんなは呆気に取られている。
「な、ななな、違うぞみんな!俺じゃねえ!!おい小僧デタラメ言うんじゃねえ。こ、こじつけじゃねえか!」
余裕のない表情で彼は弁明を図った。
焦ってはいるが、まだなんとかなると思っているらしい。
「まあこじつけかもしれませんね。ところでクラウスさん。ジャケットはどうしたんですか?」
こっちにも、この推理に自信を持っていたわけがある。
「……へ?」
「お気に入りだと話していたあのジャケットですよ。さぞ、ご自慢だったのでしょう?どうして今着ていないんです?確か、昨日の夕食のときも着ていませんでしたよね。」
「そ、それは……室内だから、別にいいかと」
「それまでは室内でも着ていたのに?じゃあ持ってきてもらえますか?」
「え、いや……」
もう決着は付きそうだ。
彼にはそれを持ってくる事はできない。
「できませんよね?リチャードさんを襲った時に浴びた返り血付きのジャケットは、この爆破した部屋と共に処分してしまったんでしょうから」
「違う…そうじゃない!」
「これで、僕の謎解きの時間終了です。もちろん、今すぐにでも自分の部屋からあのジャケットを持ってきてくださるのなら、僕の推理は瓦解します。いかがですか?」
「う、ああ……」
彼は周囲を見回してみる。
僕もその視線の先を追ってみると周りの人も疑念の目を彼に向けていた。そしてとうとう…
「な、なめてくれたなクソガキが!!そうだ俺が、あのアホを殺った」
バケの皮が剥がれた。
「おい、クラウスの旦那……アンタ……」
「近づくな!!」
「ひぃ!よせ…!」
彼は僕が渡した剣の形をしたものを大袈裟に、そして威圧的に振り回す。
「だが、俺に剣を渡しちまったのはバカな判断だったな。これでも俺は数年前【切り裂きのジョー】としてお尋ね者になっていた事もあったんだ。こいつがありゃ捕まりゃしねえよ!!とっとと道を開けろてめえら!!」
え、そんな名を挙げていた人物だったの?
「邪魔だてしたら?」
若干拍子抜けしながらそう尋ねる。
「ふ、へへ……分かってんだろ??」
僕に向かって剣を突きつけてきた彼は、状況とは裏腹に自信があるご様子。
さて、そろそろ彼の頼みの綱を絶ってあげよう。
「なるほどーーまあその剣が真っ当な剣だったら、それもできたかもね」
「ーーえ?」
彼は虚を突かれたといった顔。
何を言ってるんだこいつ?そんな心境だろう。
「流石に人殺しだと思ってる人に刃物は渡さないよ。僕が普段使ってるレイピアはこっち」
と腰の得物をチャキっと鳴らしてみたり
「それは隣の玩具屋で買ってきた模造剣。結構良くできてるよねぇ」
彼はゆっくりと剣らしき物の刃に手をやる。
ペタペタと触り刃先を指先で突っついたりした。
「ホントダ…オモチャダ…」
一通り確認し終わったのか、目を点にして薄ら笑いを浮かべて言った。
さっきまでの威勢は何処へやら。
「おいクラウスさんよぉ?部屋を一つダメにしちまったんだ。落とし前ってもんをつけてもらおうか……あん??」
この宿のやたらガタイの良いご主人が、手をゴキゴキと鳴らしながらクラウスさんを睨み下ろしていた。
「え、あはは……」
「捕まえろ!!!」
「いやぁ!!お助けぇ!!!!」
主人、従業員、そしてその他数名のお客さん達がクラウスさんに襲い掛かった。
脇立つ現場を、僕が悠々と離れ数秒後、気持ちの良い断末魔が聞こえてくる。
「いやはや、鮮やかだったねぇ」
宿の女将さんが話かけてきた。
稼ぎの場が事件現場となった身としては気が気でなかっただろう。
「いえいえこのくらい。それでは僕は失礼します。騎士への引き渡しはお任せしてもよろしいですか?」
「いいのかい?報奨金くらいは貰えそうじゃないか」
「僕早いとこスタット街の役所に行かないと、余計に税金を取られかねないので」
「あら残念。そうだ!またおいでよ、今度は宿代サービスしてあげるからさ!」
「ありがとうございます!こちらに来る用事があったら是非寄らせてもらいます」
宿を出ると相棒が不機嫌そうに待っていた。
「ごめんごめん、待たせたね。さあ行こうか」
ーーとこんな感じで。
僕、ロットこと、ロットン・グラスバレーは、探偵を生業にしてこの時代を生きている。