1/opening・peaceful:7
人々が移動をし始める夕方。あるものは夜の仕事へ、あるものは食事などの準備のため、そしてあるものは家に帰るため。
真っ赤な斜陽に照らされた細い道路。そんな小型車が二台通るのが精一杯のような道の両脇には、駄菓子屋さんに呉服店。ちょっとしたスーパーや時計の売買を専門とする店など、今の時代大型のショッピングストアに完全装備で搭載されていそうな店が別々に営業していた。
そして白い線で線引きされてはいるものの、体を守るものは何一つない歩道を歩く二つの人影は、戸宮有我と綾瀬美子都。
本来、彼らの帰り道はここではなく、人の賑わいがあるファミリーレストランなどの近くにある十字路などを渡ったりする道で、ま
だ夕食時には早いがここよりは人の賑わいがある。
だが二人はここを歩いている。理由は簡単。今朝の言い合いの末決まった『おいしい店』に連れて行くという義務を果たすためだ。
意外なことに、現代っ子臭のぷんぷんする戸宮の友人たちが教えてくれた『おいしい店』とは、おばあちゃんが店員とかその他の雑務を兼任している、廃れた商店街の一角に鎮座していそうな駄菓子屋だった。
「で、その『過ぎ行く時代の物悲しさを痛感させてくれる、哀愁漂う古きよき老舗の駄菓子屋さん』は、どこにあるんですか?」
「……いや、ちょっと待て。ここら辺だ。ここら辺にあるはずなんだからそう声に怒気含ませるなって。あと俺は『哀愁漂う』の部分は言った覚えはないからな」
戸宮は苛立ちを隠しきれずにいる美子都をどうにか静め、手元の地図へ視線を下ろす。
(ここら辺にあるはず……か。そんなの分かるわけねぇよな、この地図)
戸宮に落ち度はない。地図を書いてくれた友にも落ち度はない。悪いのは駄菓子屋周辺と思われる場所の地形だった。
妙に細い道ばかりで入り組んでいて、迷いそう(実はもうすでに迷っている)だ。その上店にはこれと言った看板などがないものがほとんどで、おそらく自宅兼で営業している店が多いのでそういうのを付けるのが躊躇われるのだろう。
地図にはある程度の道筋が書かれていたが、頼りにしだして五分で無意味になった。理由は簡単でここら一体の地形が複雑すぎて地図どおり進んであったのは『杉山』とかいうおじいちゃんの家。
そんなこんなで迷子になった戸宮は、その事を美子都に感づかれないよう、出来れば駄菓子屋を、せめてここら一体からの脱出を目論んでいたのであった。
といっても当てがないので戸宮は周りを見渡してみたりする。
そんな戸宮の行動が不審に思ったのか、美子都は怪訝そうな表情で尋ねてきた。
「センパイ! さっきからあんまり地図見てないですけど、それで分かるんですか? センパイどっちかって言うと方向オンチっぽいですけど」
「……大丈夫。あと少しで駄菓子屋につくから」
「――ん、信用ならない態度。それに答えるときの最初の沈黙はなんですか? もー、いいです! わたしが地図見ます!」
「あっ! お前やめろ! やめ――」
いきなりの強襲に使い物にならない地図は戸宮の手から美子都の手に渡ってしまった。
「えーと現在位置はっと、…………えっとセンパイ? これって地図ですよね」
「……ああ、俺の知る限りではそう分類されるけど」
「じゃ、もう一個訊きますね。ここら一体の複雑な道を、この小学生が友達に自分の家を教えるために書いたようなレベルの地図で、理解できると思いますか?」
一度勢いに乗ったら美子都はもう止まらないことを知ってる戸宮は、小さく「思えません」と呟くしかなく。
そして――、
「こんの……役立たず!」
そんな結構傷つく言葉を彼女に言われながら、右頬に平べったい一撃が放たれるのを見ていることしか出来なかった。