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一日の気温が最高点に達する昼。学生たちは午前中の勉学を終え、休養の時間に入っている。
友達とお弁当を食べるお決まりの光景もあれば、食堂でわいわい騒ぎながら食事を取る微笑ましい光景もある。
ただ――肝心の戸宮有我はこの暑苦しい中、太陽からの日光を直に浴びる屋上にいた。
「先輩。あの、なんでこのクソ暑い日に屋上で昼食べるんですか? さっきも言ったように、俺地獄の登下校を越えてきたんで暑いのはもう懲り懲りなんですけど」
言って戸宮は気だるそう(別にサンドイッチのせいではなく暑さのせい)に一口目のサンドイッチを頬張る。
「フン。これぐらいで暑いじゃなんだと言ってるところを見ると、普段は部活も行かずにダラダラしてるんだろ」
戸宮は自らが『先輩』と呼ぶ男性にそう指摘され、「う〜」と唸り声を上げる。
まさしくその通りで、戸宮は一般的に帰宅部と呼ばれる部類に当てはまる。汗水流して青春を過ごしている学生を尻目に家に帰っているのだ。
それはそうと、この妙に観察眼の鋭い男性は黒峰藤吾。身長は普通に180センチを超える長身。それに加えこんがりと焼けた肌にカッターシャツの上からでも分かる筋肉。そして横波高校空手部主将という経歴を持つ、とにかくとんでもないセンパイなのである。
彼と戸宮の出会いは一年前。当時何かとケンカっ早かった戸宮が、三年の不良グループに噛み付き、色々あった挙句集団リンチにあっていたところを藤吾が助けたという漫画みたいな出会い。
だがそれ以上に漫画みたいだったのは藤吾の強さで、十人程いた三年生を二年生の彼が赤子の手を捻るかのように倒してしまったのだ。
その出来事があってからは戸宮もあまりケンカをしないようになり、藤吾はそんなダメ学生を絵に描いたような戸宮が気に入ったらしく、こうして昼食を一緒に食べる仲にまでなった。
ただ戸宮がケンカをしなくなったのは単に黒峰と仲良くなったためなのだが。
「まあお前が部活をしてる、してないにまで文句を言うつもりはないけどな、他人の昼食を食べるような憩いの場所にいちゃもんをつけるのは感心しないぞ俺は。嫌なら強制はしないんだから、綾瀬とでも食べればいい。お前が一緒に食べると言えば、喜んであの子はご一緒しますって言うだろう?」
学校内の生徒でただ一人綾瀬のことを羨まない藤吾の口からその話が出たことにちょっと驚きつつ、戸宮は質問に答えを返す。
「あいつにだってあいつの交友関係がありますし。一匹狼の先輩には分からないかもしれませんが結構昼食って交友関係を広げる場なんですよ」
「……じゃあお前はどうなんだ。最近俺としか昼食食べてないが」
「俺は大丈夫。それ以外のところでフォローしてますから」
そのせいで今朝の惨劇は引き起こされたんだけどなー、と一人心のうちで呟く戸宮。
藤吾は少し感心した様子で「ふぅん」と頷き「そういうところが良かったのかな」と意味不明なことを言い出す。
「良かったって何がですか?」
「え――――いや綾瀬のことだよ。何でお前みたいなのにあんな優しい子が惚れ込んでるのかと思ってたんだけどな、そういう優しいところが良かったのかなって。――なんたって、カツアゲが許せなくて上級生に突っかかって行くんだからな、お前」
藤吾は少し嘲弄を含んだ笑みを浮かべながらトミヤに目を向ける。
「なんですか、そのバカにした目は。人助けをして何が悪いんですか。別に勝てると思って行ったわけじゃないですし、むしろ負け前提だった面だってあるんですから。そういう自己犠牲な所を褒めてもらうならまだしも、バカにするなんて先輩も堕ちるとこまで堕ちましたか」
「言うようになったな、お前。――――俺はそういう青臭いの、嫌いじゃないぞ」
そう言って藤吾は自分より十センチほど低い戸宮の頭をワシャワシャと撫でて、それから自分の持ってきた焼きそばパンの包みに手をかける。
戸宮は餓鬼っぽく扱われたことに不快感を露にするも、うれしそうに口の端が笑っていた。