2/collapseing・nightmare:3
愛想なのかどうか良く分からない。本心からなのだろうと信じる事しか出来ない笑顔を向けられながら、俺は注文したカレーライスを受け取った。
トレイを両手で支えながら席へ戻る。座席は結構空いていて、そのおかげで難なくポジション確保。今は俺の向かいの席に、一足先にきつねうどんを啜る美子都がいる。
カレーを真っ白なテーブルの上に置いて、席に着く。
「センパイ、カレー好きですね。センパイ今部活動とかはいってないんでしょ。そんなにカロリー高いもの食べて太りません?」
「悪いな。俺は食べても太らない体質って奴なんだ」
「えー、なんですかその特権! その全世界の乙女たちを敵に回すような発言! てか一名モロに傷ついたんですけど!」
「そんな知らねぇ。ってかお前十分痩せてるだろ。それなのに摂取量制限して、特なんかあるのか?」
「あのねぇ、察しのつかないセンパイに言っときますと、女の子ってのはリバウンドとか激しいんです! ほんのちょっと気を抜くとすぐ体重計との激闘の日々に逆行なんですからね!」
言いたい事を言い終えたのか、美子都はこちらを睨み付けながら、きつねうどんを啜り始める。
太らないって事はエネルギー消費が激しいってことなんだけ。教えても無駄そうなので、「何見てるんですか!」と噛み付かれる前に、彼女から視線を切ってカレーを頂く。
うん……やっぱりここのカレーはおいしい。
口の中にほおばったカレーを咀嚼し尽くして、美子都の現在のご機嫌を窺う。人間、一秒で物の好き嫌いとか変わるものだ。特に、こいつはそれが顕著に表れる。
……え?
一瞬、思考がフリーズする。だってさっきまで美子都しかいなかった俺の視界に、筋肉ムキムキの男性が出現した。
言うまでもなく、黒峰藤吾である。
「よ、戸宮。様子を見に来てやったぞ。……って、なんだその顔?」
「いやねぇ、食堂ってこんなモンスターとエンカウントする場所だったっけ? 何てことを考えてるんですよ先輩」
「なんだ、モンスターとは人聞きの悪い。あーいう荒唐無稽な物と一緒にしてほしんだけどな」
えー、そういう切り替えしをしてきますか、先輩。
「そうですよ、センパイ。黒峰先輩はどっちかっていうと、モンスターよりドーベルマンですよ」
こいつに限ってはこうだ。……なんでモンスターってとこに突っ込まないかな。
そんな益体もないことを考えながら、ふと先輩の頼んだ料理を見てみると、それは……。
真っ白いお米でにぎられた、中程度の大きさのおにぎり二つだった。
「そうだぞ、戸宮。綾瀬の言う――――今度は何に驚いてるんだ」
「いや。あんた、このくそ暑いエネルギー消費の著しい夏に、あのスタミナ回復料理がずらりと並んだ食堂メニューから、そんなおやつみたいなもん、選べましたね」
「……、?」
まったくもってなんのこっちゃ、と不思議そうな顔をする先輩だが、俺は逆にそんな先輩が不思議だ。あながち、俺のモンスターという例えは間違っていなかったかもしれない。
「米を舐めるな、戸宮。栄養価も高いし、そもそも米は日本人の主食だぞ。パンだ牛乳だと、そんなくだらん洋食文化に汚染されず、米に魚に味噌汁お茶、っていうのが日本人には最も適してるんだ」
「すごい! 黒峰先輩ってなんていうか、肉食獣っていうイメージだったんですけど、印象が変わりました!」
驚きからか喚起するバカは放って置いて、俺は先輩の掛け値なしの肉体を確認する。
「んっ? 今度は何だ、戸宮。いちいちそんな反応、しつこいぞ。そんなに構って欲しいのか?」
「孤独に耐え切れず俺たち追って食堂まで来た自称『一匹狼』に言われたくないですよ。――ってそんな事どうでもいいんだ。あんた、本当に肉類牛乳摂取してないの?」
惚けた顔でそうだ、と頷く目の前のモンスター撤回して修行僧。ただでさえジャンクフード大好き寿命が縮むなんて関係ナッシング! な俺たちからすればそんな精進料理じみた食事を年中しているなんて正気の沙汰じゃない。……まぁ、そんな事を言ったら平気で寿命削ってる俺たちも正気じゃないって言われるかもしれないけど。
その後はもう、騒がしい事ありゃしない。周囲の目も憚らず、俺たち三人は散々騒いだ、騒ぎ続けた!
……それが。ほんの十数分だったけど、たまらなく嬉しかった。ずっと、この場所はあると思ってた。
実際には――とんでもなくバカな勘違いだとも知らずに。