2/collapseing・nightmare:2
南の空で煌々と輝く真夏の太陽。
それを眺めながら、俺は食堂までの白い廊下を歩く。
傍らに騒ぎ出すと止まらない少女を連れて。
「センパイが自分から昼食一緒に食べようって珍しい……。あー、今日傘持ってきてないのに」
「なんだそれ? 何なんですか、その人の優しさを先人の天気予報と重ねるような言葉は。
俺は最近物騒だからどうなのんだ、って訊こうとしただけだ」
「ふーん。……それじゃあ答えてあげますよ。ワタクシ綾瀬美子都の近況は至って安全であります。ハイ! これでセンパイは屋上へ行ってらっしゃい!」
「――ッ」
なんとも憎たらしい上目使いでこちらを見上げてくる美子都に内心舌打ちをする。多分今の俺の顔は口元ら辺が引き攣っているのだろう。
普段の俺ならここで「じゃあお言葉に甘えて」とか言って、美子都が必死に止めるパターンに持ち込めるのだが、そんな強がりを言う元気なんて今はない。
……あの事件の事。奏の事。色々な事が一気に畳み掛けてきた所為だろう。最近はかなり精神疲労もたまってきている。このままでは俺も奏みたいな状態に陥るのだろうか、とまで思う。
だが俺には現実に敗北する余裕なんてない。限界まで身を削ってでもいいから、立ち続けなければならない。
俺を頼りにする人間がいるのだから、そのために俺は――挫けられない。
しかしどんなに気張っていこうとしても、休養は必要だ。でも家のベッドで寝るなんて現状のに目を向けてしまいそうなシチュエーションはなし。
こういう時は、一般的な休養では意味がない。現実なんて頭の中から消し飛ばせるぐらい、うるさい所にいればいい。
そういう理由で、俺はこいつの横を選んだ。
と、話が大きく逸れてしまった。つまるところ、俺はこいつに反論できないのである。
「……どうしたんですか、センパイ?」
「うるさい、一々追い討ちかけんな。
――ちっ。分かった分かった。同席させてください美子――」
「いやいやセンパイ! そうじゃなくて。……なんでそんなに、泣きそうな顔をしてるんですか?」
――一瞬、思考が硬直した。
よくある話だ。映画とかで、ずっと貧困な暮らしをしてきた人が、ある日現状を打破した時、涙を流したりする。
それと同じ。最近友人との付き合いとか、奏との下校とかで眼前の少女とまともに会う事が出来てなかった俺は、ずっと前から知っていたはずの幸福に触れ、無意識に涙を流そうとしていたのだ。
……出来る事ならすべて話したかった。
だけど――弱みは見せられない。心配させられない。
「――大したことじゃない。眠たかっただけだ」
そんな即席の言い訳を、
「そうなんですか。センパイ! いけませんよ、夜更かしは!」
お母さんみたいに注意しながら彼女は信じた。
……もし、俺が必死に心の内を隠している事を知ったら、彼女はどういう反応をとるのだろう。
純粋に、俺を信頼する彼女がいて、彼女に平然と嘘をつく俺がいる。
「センパイ! 食堂ですよ!」
何食べます、と微笑みながら問いかけてくる彼女。
食堂には、楽しそうに会話をする生徒たちがいる。暑い中生徒たちの要望を答えるため右往左往する、通称『食堂のおばちゃん』たちがいる。
とても活気に満ち溢れた、世界。
それなのに、俺の心は空っぽだ。
まるで食堂の誰も座っていない席みたいに抜け落ちた、何か大事なもの。
それが何なのか。考えるには、俺の心はあまりにも窮屈すぎた。