2/collapseing・nightmare:1
2/collapseing・nightmare
あの騒々しかった日から一週間が経った。
たった一週間。日にちに換算すると7日。時間に換算すると、168時間。そんな気付けば過ぎていってしまっているような時間。
変動なんてない。また同じ生活を繰り返せる。そう信じていたのに。
俺の周囲は――どことなく危うい雰囲気を醸し出し始めていた。
「いってらっしゃい」
やんわりとした笑顔を俺に向ける母さん。ゆっくりと手を振りながら、玄関口で俺を見送ってくれる。
ただ、その笑顔は心の底から俺の出発送り出そうとしているものではない。やっぱり学校なんか休んでもいいって、思っているんだろう。
七月八日。汗だくになりながら登校した日だから何となく覚えている。
……あの日、人が死んだ。それもほんの数件隣の人が。いつも目にする路地裏で。
たまに帰るのが遅くなったとき見かける、スーツが似合う会社勤めの男の人。子供が一人いて、幸福という感じが顔からも見て取れた。
いいなあ、と思っていた。俺ももう高校生だし、いつかは家庭を持ちたいと考えていた。将来のビジョンはまだ確かじゃなかったから、心のどこか一番身近だったその家族を見本にしていた。
しかし、俺の理想の家庭像は一夜にして崩れ去った。俯きながら、重い足取りで歩く未亡人を何度も見かけた。
自分にはあまり関係ないと思ったけど――それでもやりきれない気持ちになった。
それから一週間のうちに立て続けに二件。若いカップルと成人女性が殺害された。
一週間前は皆がまだ満足に目覚めてない時から中々うるさかったこの界隈は、今や昼夜を問わず静寂に包まれている。
そんな事を考えながら周りを見渡していると、沈んだ表情で玄関から出てきた奏と目が合った。
「おはよう、有」
末期ガンの患者みたいなうつろな声。俺は出来る限り大きな挨拶で、彼女を元気付けようと意気込み「おはよう」と挨拶を返すものの、出た声は彼女とさして変わらなかった。
浮かない足取りでこちらへ向かってくる奏。彼女が近づいてくるにつれ――酷く現実離れしたものを見るような、彼女の瞳が目に付いた。
奏は近所という事もあり、亡くなった男性の奥さんと親交が深かった。ほんの少し前に聞いた話では、一緒に料理を作ったりもしたらしい。それを食べたのは亡くなった男性。
奏にとってその時間はとても楽しかったのだろう。話をするときはいつも満面の笑みを浮かべていた。
なのに……あの日からそんな笑顔は一度も見ていない。焦点の定まらない瞳が、どこかつらさの逃げ所を探している。
「じゃ、有。いこっか……」
そう蚊の鳴くような声で語りかけてくる彼女。俺は首をわずかにだが縦に振った。
あの事件以降、両方の親が話し合って二人で出来る所まで、一緒に登校並びに下校する事になった。
俺は本心を言うと断りたかった。今にも死んでしまいそうなあいつを見る事自体嫌だったし、そんなの居心地が悪すぎる。
ただ、あいつの食べ物をねだる貧困街の子供のような目が――俺にそれを許さなかった。
…………つくづく思う。ヒトって本当に酷いと。
あいつと俺は、死んだ男性の家族と関わっていた度合いが違っただけ。住んでいた場所はさして変わらず、俺だって何度か話した事ぐらいはあった。
それなのに……悠然とそんな事を考えている俺がいる。意気消沈とした表情でうなだれているあいつがいる。
それが、そういうものだと分かっていても……理解できない。
そんなもやもやとした疑問を携えながら、俺は学校に向かった。