0/overlook・falling
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――それは鮮烈な一撃だった。
手に握ったナイフで、彼を殺そうと前かがみになった俺を後退させるに十分な、肩への発砲。
数メートル先から狙いをつける、逃れられない呪いのような鉛の塊。
ただそれは衝撃で後方へ後ずさりする、なんて致命傷でもなんでもない無駄な一撃だった。
俺は目の前の彼の不運を嘆きながらも、体勢を整えた。
――、はずだった。
「――あれ?」
おかしい。さっきまで目の前に広がっていた灰色コンクリの屋上風景はどこへやら。今は、満月の浮かぶ優雅な夜空が俺の目の前に広がっている。
……、っと少し待て。
思いっきりハイにぶっ飛んでいた頭を冷静に、フル回転させる。――必要は特になく、
「俺、落ちてるのか」
自分でも驚くぐらいあっさりと、自分の置かれている状況を把握した。どうやら、先の銃撃の反動で足場を踏み外したらしい。
ということは、俺は現在進行形でビルの六階から地面向かってに脳天から落ちているということ。
下手なアクション映画とかでは主人公が突発的に閃いたアイデアで生き残るのだが、そんな知恵もなく主人公ですらない俺にそんな芸当は出来ない。
ってことで脳天からの落下は免れなくて、後数秒後に俺は死ぬ。
……いざ死に直面してみるとなんだか呆気なく感じられる。こんなんなら、我慢していたあんなことやこんなこと、その他諸々のことをやっておけば良かったと思う。
そう考えたときに、自分は誰かに謝らなければならないということに気づいた。誰になのかはよく分からない。
とても大切なヒトだった気がするのだが、名前が思い出せれない。
それ以前に、何でこんなことになったのだろうか。あの人に追いかけられた原因は? 俺がこんなに血だらけなのはなぜ?
何も分からない。ただ空は遠くなっていき、。それとは逆に地面への距離は近づいている。
それでも俺は焦らず、ゆっくりと考える。
そして最後の最後。死ぬ間際になって思い出した。――手に握っていた、赤く塗られたナイフを見て思い出した。
――俺は、もう失われた儚い夢のためにこれを握ったんだ。
――意味はないと。帰ってこないと分かっていても握った。
――救いたかった。救えないと、不可能なんだと分かっていても救いたかった。
――それが俺の願いだった。
ただ、滑稽な事に、俺は歪を抱えて崩れ落ちた自分を支えてくれていたヒトを、これで殺した。
裏切られたと、意味の分からない妄想を抱いて。信じることさえしなかった。
ずっと笑顔を向けてくれていたのに。ずっと傍らにいてくれていたのに。
貰っていたのに、俺は与えているんだと勘違いして罵倒したんだ――ッ!
最後の最後でそのことに気づいて、すっごく自分の事が嫌いになって。
そして――俺は死んだのだった。