悪役令嬢は屋台で初体験をする
マンバナ村は複数の集落からなる辺境の地だ。もともとは開拓のために銘打たれてはいるが、その実は辺境に発生する魔物を一か所に集めることで、ルナ領の中心に魔物が流れ込まないようにすることが目的だ。シルフィーが勘繰ったように一時期は罪人の流刑地として扱われていた過去もあるのだが、もともとは紛れもない開拓村だった。
入植当時、ルナ家の当主はこの馬鹿げた開拓に懐疑的だった。場所は大山脈が近く魔物も多い。とても人間の住める環境ではないからだ。「恐らくは最初の大氾濫を持ち堪えられまい」そう考えていたのだが、土地を引きつぐことの出来ない農家の三男坊や四男坊、渡り歩きながら店子を持つことを夢見る行商を無理矢理引き留めるようなこともしなかった。
そんなルナ家の当主の考えが変わったのは開拓村が最初の大氾濫を乗り切った時だった。このとき当時の当主は、その後の歴代当主達が「良くぞ思い立った」という大英断を下した。マンバナ村に定期的な援助を始めたのだ。当時はまだ大氾濫を防ぐのに魔物を間引くことの因果関係が認められていたわけではなかった。事実他の領地の研究では、発生する魔物がスケルトンのような不死生物であったり、スライムのような粘体生物ならば、このような手段は有効ではないと結論づけられている。だが何の偶然かルナ領で起こる魔物の大氾濫に対しては間引きが有効だった。結果として大氾濫の頻度が大幅に減ったルナ領は大きな発展を遂げていくことになる。
マンバナ村は単なる開拓村から、ルナ領を守る防壁へと生まれ変わったのだ。
「だから僕たちは魔物を倒すではなく、狩ると言います」
「そう言えば、ガランちゃんもバンもそう表現してたわね」
「ええ、魔物は人間を襲うという習性がありますが、あくまでも僕たちが狩るものですから」
シルフィーに村の中を案内しながらダボンは語る。そこには200年の時間をかけて戦闘部族へと醸成されていった末としての矜持があった。
「ほら、ちょうど今、警報音がなっています」
ダボンに言われるまで気づかなかったが、耳を澄ませば遠くの方で鐘が鳴るような音が聞こえる。
「結界石という道具で魔物が近づくと音が鳴ります。あの音は北の3番くらいかな? 僕が生まれたときにはすでにあったものなのですが、バン爺さんはアレのおかげで便利になったとよく言っていますね」
「たまに音が聞こえるとは思っていたけど警報音だったのね」
「ええ、多分、もう今日の当番が向かっていると思いますよ」
「随分と落ち着いてるわね」
「あの音なら数は少ないでしょうから。それに数日に一度はあることです。村の中心にいる限りはまず安全ですよ」
余裕の笑みでダボンは言う。
シルフィーは保証された安全に安堵しつつも、本来こういう笑みは自分の方が得意なのにと妙な悔しさを覚えた。
「魔物は怖いですからね」
「何よ、何でも分かったような顔をして」
「別にそんなつもりじゃないんですが」
「アナタは強いんだから、魔物なんて怖くないんでしょ?」
今度は実に彼女らしく底意地悪く尋ねる。それにダボンは苦笑した。
「僕だって魔物は怖いですよ。以前、大氾濫を見たんですけど、あれは本当に怖かったな」
「嘘よ、この村の周辺じゃ大氾濫が起きないんでしょ。バンが言ってたわ」
「本当ですよ。以前、父に連れられてルナ領の別の場所で大氾濫を見たんです。物凄い数の魔物が波のように押し寄せて来て、あれは本当に怖かったな」
その時のことを思い出したのかダボンは大きな身体を身震いさせる。その真に迫った様子に自分がかつて負ったトラウマを思い出したシルフィーは頭を下げた。
「ごめんなさい、調子に乗っちゃったわね」
「いえ、でも急にどうしたんですか?」
「私も大氾濫は怖いから……学園にいた頃に一度だけ遭遇したの」
「学園で? 王都にあるんですよね? そんなところでも起こるんですか?」
「そのときは……学園の行事で別のとこにいたのよ。そのときに巻き込まれて……ごめんなさい。この話はあまりしたくないのよ」
「いえ、いいですよ。でもそれなら、よりシルフィーさんを守れるように努力しないといけませんね」
以前「自分のためなら竜もやっつける」と言った与太話を思い出して、シルフィーは相好を崩す。そして以前はもっと違う感情を抱いていたことを思い出して、緩んだ頬を引き締めた。
(田舎に来たせいかしら? 私も安い女になってしまったわね)
自嘲する。随分と調子がいい話だが、自分を守ってくれると言われて無条件に嬉しくなってしまったのだ。
そんな自分を引き締めるために、シルフィーはダボンから視線を外すと遠くを見る。今歩いているのは村の中心を通っている通りだ。王都と比べれば比べることさえもおこがましい貧しいものであるが、商店がいくつか並び、少ないながらも客が出入りしていた。
店はどこでも良かったのだが、心の中に燻ぶった嬉しさを踏み潰したくて、シルフィーは歩を進める。そこは雑多に物が並べられた店だった。野菜、穀物、干した肉。何屋かと問われれば答えにくいが、強いて言うなら食べ物屋だろう。屋台のように焼いた肉も売られており、煙混じりの香ばしい匂いに鼻がひくつく。それらを売っているのは白髪頭の女性だった。
「ドゥードゥさん、調子はどうだい?」
「おお、ダボン様。おかげさまで何とかやっていけています。そちらは……奥方さまですね?」
「ま……まぁ、その予定だね」
「この度はおめでとうございます」
「ありがとう」
ダボンが首だけ曲げてペコリと頭を下げるのを見て、シルフィーは驚きに目を開く。だがそれも一瞬で、逡巡したのを感じさせることもなく、追従の微笑みを浮かべて店主のドゥードゥに会釈した。
「初めまして。ルナ・シルフィーよ。よろしくね、ドゥードゥ」
「何と恐れ多い。こちらこそマンバナ村をよろしくお願いいたします」
ドゥードゥは深々と頭を下げる。その顔が正面を向いたとき、ダボンは串に刺さった肉を指さした。
「それを2本くれるかな」
茶色いタレに濡れた肉は所々黒い焦げがつきプスプスと音を立てていた。ドゥードゥは「かしこまりました」といくつかの中から選んで差し出す。受け取ったダボンは一本を自分に、もう一本をシルフィーに手渡した。
「これって……どうすればいいの?」
「そのまま食べればいいんですよ」
「まさか……歩きながら?」
「ああ、そっちですね。そうですね。歩きながら食べましょう。ここは田舎だから誰も気にしませんよ。むしろそれが作法です」
「そ、そうなのね。作法なら別に構わないわよね……」
言い訳するように串肉を見る。
大きな声では言えないが、彼女はこういったことに憧れもあったのだ。
(これって……買い食いね。聞いたことがあるわ)
学園時代に取り巻きだった女生徒が武勇伝を語るように言っていたのを思い出す。学園のある王都は王国でも最大の都市で、当然のようにその中には様々な店が立ち並んでいる。シルフィーもそこに3年間身を寄せていたのだが、一度も自分で買い物をしたことがなかった。欲しいものは誰かに頼めば持って来てくれるものだからだ。当たり前のように不便を感じたことはない。ただ、その取り巻きの女生徒が「屋台で食べ物を買って歩きながら食べた」と聞いたとき、確かに羨ましいと感じていたのだ。
ワクワクするのが表情に表れ過ぎないように気をつけて口を開ける。頬張った肉は硬いものだが、噛めば噛むほど甘辛いタレと肉汁が口いっぱいに広がっていく。
「……美味しいわね」
「良かったです」
すでに食べ終わったのか、ダボンの串からは肉が消えていた。足を止めたダボンの「ゆっくり食べてください」と言う言葉を聞きながら、シルフィーは二口目を口にする。
「小さな村ですからね。店もここにあるものだけです。鍛冶屋は一軒だけ、革細工屋も一軒だけ、あとは……何があるかな。何にしてもシルフィーさんがいた場所に比べれば何もない場所です。ないものが多すぎて物資のかなりの部分を都からの輸入に頼っていますね。塩とか、布とか、薬とか、食料は最近になってようやく自給の目途がついてきました。もともと僕が生まれる少し前から人口が増えていて食料が不足しがちだったんです。でもみんな狩りばかりして畑仕事をするのを嫌がって……古い世代には未だに「畑仕事は都の連中に任せろ」っていう人はいますね。だけど僕が小さい頃に飢饉があって、輸入も滞って……それでそれから増反していこうという話になったんです。もともとは父の始めた政策ですが、今のところは上手くいっていますね。食料を買うはずの予算で別の物を買えたりしますから、これでも豊かになった気がします。逆に今の人口や、魔物のこと、何よりルナ家との関りを考えるとこれ以上の畑は維持出来ないでしょうから、その辺りが心配にはなってきますね」
まるで独り言のようにダボンは喋り、言い終えた後にチラリとシルフィーの横顔を一瞥した。そうして串に刺さった肉がなくなっているのを確認すると「じゃあ、行きましょうか」歩き出す。
シルフィーは白い頬を朱に染めてから、それに続いた。
マンバナ村ではお店はありますが個人同士の物々交換も盛んです。ドゥードゥで扱っているお店は後で出てくる外部からの交易品が主で、この店自体も実はダボン(領主)が経営しているお店です。
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