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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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悪役令嬢と棍棒の戦士


この世界には魔物と呼ばれる人間の天敵がいる。その姿は様々で獣のような四足獣から、ドロドロとした不定形な姿をしたスライム、腐肉を纏ったゾンビやスケルトンなど多岐に渡る。もっとも有名なものは竜だろう。堅牢な鱗に覆われ、空を飛び、灼熱の炎を吐く竜は、人間にとって恐怖の象徴だ。

これらの魔物が普通の動物と違うのは人間に明確な敵意を持っている点だ。魔族が作り出したとも、魔界から発生したともいわれるこの恐ろしい生物は人間を優先して襲うという習性がある。

辺境に作られたマンバナ村は、辺境を開拓するとともに、この魔物を狩るために作られた村だった。



「思ったよりも歴史のある村なのね」

「最初に入植したのは200年前だと言われていますな」


答えたのは家令であるバンだった。年とともに腰の曲がり始めた彼だが、若い頃は魔物を狩るために当時の当主と一緒に武器を取って戦っていたらしい。

シルフィーがマンバナ村にやって来てから数日、彼女はまず村を知ることから始めていた。そのためにもまずダボンの弟であるガランを利用した。最初からガランが自分に悪感情を抱いていないことを知っていたので、彼を出しにしたのだ。勉強嫌いだというガランを上手に焚きつけて村の歴史を知りたがるように仕向け、家令であるバンから話を聞く。

最初は自分を胡乱(うろん)に見ていたバンであったが、ガランが自分に懐き、勉強を素直にするようになるにつれて警戒心が薄れ、今ではすっかり打ち解けた仲になっていた。


「200年……やっぱり場所が悪いのかしら?」

「なにぶん大山脈がありますので。そもそも我々の本来の仕事は魔物を狩ることですからな。畑の開墾は大切ですが、最重要ではありません」


王国の勃興が230年だから、かなり早い段階でつくられた村のようだ。ただそれほどの歴史がありながら開拓があまり進んでいるようには見えないのは魔物が多いためだろう。

平野と森の間の開けた場所に作られたこの村は立地としては悪くない。ただ、森を越えた向こうにあるのは魔境として知られる大山脈だ。魔物が涌き出るというこの悪名高き魔窟を臨むこの場所では開拓が進まないのも仕方がないのかもしれない。

王都やルナ領ではあまり見ることのない魔物だが、ここではそうではない。そんな不安が表情に出たのかガランが元気な声を出す。


「大丈夫だぜ、シルフィー姉ちゃん。魔物がやって来ても兄ちゃんがやっつけてくれるからな」

「そうね、ダボンは強いんだものね」

「うん、兄ちゃんは世界で一番強いんだ」

「なら魔物がやって来ても安心ね」

「おう」


シルフィーに兄を褒められ破顔する。きっと彼の中のダボンは英雄なのだろう。

ただシルフィーが見た限りダボンは、そこまで強いという印象はない。もちろん強いことは強いのだろう。彼の恵まれた体躯で拳を振り回せば大抵の者はのせるだろう。だがそれだけだ。シルフィー自身は武術を嗜んだりはしないが、その生まれから父を守る青牙騎士団の騎士や、国王を守る近衛騎士を見ることが多かった。正式な剣術を修めた彼らは皆、その動きが洗練されていた。居ずまいやたたずまいが、明らかに訓練を受けていない者と違うのだ。特に王国最強と言われる近衛騎士団長など、近づいただけで只者ではないと直感させるほどの圧力を放っていた。そういう手合いと比べるとダボンは明らかに劣って見えてしまう。


(さすがに学園の男の子たちよりは強いでしょうけど)


頭の中で同級生たちの姿を思い出す。ただそれでも剣の腕では近衛騎士団長の息子や、エリオットや、その異母兄弟には敵わないだろう。魔法を使えば四大貴族の跡取りや、隣国の留学生にも負けるだろう。

もちろんダボンは彼らよりも2歳年下だし、勝てないとしても十分に凄いのだが、1級品を知っている身としてはどうしても比べてしまう。


(ガランちゃんには黙っておかないとね)


進んで少年の夢を壊すこともない。少なくともダボンはこの辺境にいる限りは最強の戦士なのだ。そして何より彼は以前自分から「都の人と比べれば大したことがない」と自分から言っている。あれは彼の謙虚な性格もあるのかもしれないが、外の世界にはきっと自分よりも強い人間が沢山いるのだろうという意識をきちんと持っている現れなのだろう。

それにダボンが強いか云々は置いておいて、この村には他にも問題はある。


「ところで魔物がよく出るみたいだけど、大氾濫(だいはんらん)の時期はどうするの? やっぱり逃げるのかしら?」


大氾濫。それは定期的に起きる魔物の大量発生現象だ。各地で起きるこの現象は王国にとって飢饉や戦争に並ぶ、最も恐るべき災害のひとつだった。幸いルナ領ではあまり起こることはないが。他領地では頻繁に起こると聞く。特に彼女自身も学園時代に巻き込まれたことがあり、その際に起きた屈辱的な事件も相まってトラウマのひとつとなっていた。

そんな恐るべき大氾濫であるがバンは表情は(ほころ)んだものだ。そして胸にぶらさがった紫色の石のついた首飾りを触りながら誇らしそうに答えた。


「その心配はありません。この地では魔物の大氾濫が起きることはありません」

「大氾濫が起きないですって?」


そんなことがあり得るのか?

シルフィーは仰天する。時と場所を選ばずに起こる大氾濫は王国の頭痛の種のひとつだ。もしもそれを防ぐ方法があれば、世紀の大発見に違いない。しかしバンが答えたのはあまりにシンプルな答えだった。


「我々が定期的に魔物を間引いていますので」

「ああ、そういうことね」


言われて納得する。それと同時にルナ領で大氾濫が少ない理由にも思い至った。マンバナ村はルナ領の中心からはかなり離れた場所にある。そこにはいくつか平原や森があるのみだ。そこからさらに離れれば大山脈。つまり周辺で発生した魔物はほとんどがマンバナ村を襲うように出来ているのだ。


(まるで生贄みたいじゃない)


心の中で呟く。バンは口にしなかったが、もともとの村の謂われは罪人の流刑地だったのかもしれない。

そんなことを頭の隅で考えたときダボンが現れた。


「おう、兄ちゃん」

「ダボン様、出立ですか?」

「ああ、3日ほど空けるから、留守は頼むよ」

「出立って……どこへ行くの?」

「魔物を狩りに行きます。しばらく村を離れますが、何かあったらバン爺さんに言ってください」

「そうなのね」


ガランの話を信じるなら、そうそう魔物に後れを取ることはなさそうだが、それでも魔物と戦うとなると心配になる。

現れたダボンは動きやすい薄着の服装をしていた。簡素なシャツに、何かの革で出来たズボン。腰には太いベルトを巻いており、そこには無骨な武器が下げられていた。


「それは?」

「ああ、棍棒です」


その言葉の通り、腰にぶら下げているのは棍棒だった。子どもの腕ほどもありそうな太い鋼の棒の先端にトゲトゲの鉄球がついている。紛れもない棍棒だ。


「僕は剣術を学んだことがないので、こういう武器が使いやすくなるんです。それに剣や槍は折れやすいですから」

「そ、そうなのね……」


ダボンに出会う前、ここに来る馬車の中で「こんな田舎にいる野蛮人はきっと棍棒を振り回しているんだろう」などと揶揄(やゆ)したことがあったのだが、まさか本当に棍棒を使っているとは。その妙な的中に何とも言えない汗を掻く。

あれほど重そうな棍棒を下げている割には全く重そうな素振りを見せない腕力と体力はさすがだと思うが、やはりその足運びはのそのそと鈍重で、武芸によって磨き上げられた気配はなかった。それがどうにも頼りなく感じる。

もっとも実際に戦うことのないシルフィーには知る由もないが、魔物は総じて人間より巨大だ。分厚い鱗や外皮に覆われているものがほとんどで、剣で斬りつけても刃が立たないことも多い。そのために棘つきの棍棒で叩きつけるというのは極めて有効な戦法だ。それに狩りに行くには長い時間移動することになるので、重い鎧は邪魔になる。お世辞にも格好がいいとは言えない風貌ではあるが、これは魔物との戦いで生き抜くための彼の戦装束なのだ。

そういった事に疎いシルフィーであるが、ダボンを見るガランやバンの瞳の中には絶対の信頼があった。

きっとこれはいつもの光景なのだろう。

そう思い、彼女も二人と同じように声をかける。


「気をつけなさい」

「はい、気をつけて行ってきます」


彼女の言葉にダボンは破顔する。そしていくつかの仕事をバンに指示すると、ダボンは棍棒をぶら下げながら玄関からのそのそと出ていった。





それから3日。

ダボンは帰って来なかった。


「ねぇ、ダボンが帰ってこないんだけど」

「ああ、そう言えばそろそろ3日経ちますな」

「本当だ。兄ちゃん戻ってこないね」


バンとガランが何でもないように答える。

シルフィーは「何かあったのか?」と心配するのだが、二人があまりに平然としているので、そのときは「そういうものか」と納得した。





そして4日経ち、やはりダボンは帰ってこなかった。


「ねぇ……ダボンが帰って来ないんだけど」

「ふむ、もう4日ほど経ちましたな」

「そろそろ戻ってくるんじゃないのかな?」


やはり二人は何でもないように答える。

シルフィーは「大丈夫かしら?」と心配するのだが、二人があまりに平然としているので、そのときは「きっと大丈夫よ」と納得することにした。





しかしそれも5日目になると、さすがに平静でいるのが難しくなってきた。


(どうしよう、ダボンが帰って来ない……)


ガランやバンに言っても相変わらず呑気な答えしか返ってこない。二人の話を聞けば、こういうことは何度かあったという話なので心配する必要はないのかもしれない。しかし万が一を考えると怖くなってきた。

自分は実家に捨てられ、ダボンと結婚するためにこの村に来たのだ。もしも婚姻を結ぶ前に彼が死んでしまったら、自分は完全に行き場がなくなってしまう。


「早く帰ってきなさいよ……」


窓の外を見てもダボンの姿が見えることはない。部屋に一人でいると謹慎中に閉じ篭っていたことを思い出し、さらに不安になってきた。

ここにいるのは怖い。

そう思い彼女は部屋を出た。





いよいよ6日目になったとき、シルフィーは我慢出来なくなってしまった。


「ねぇ、ダボンが帰ってこないの。本当に大丈夫なの! ねぇ!」

「ど、どうしたんだよ、シルフィー姉ちゃん?」

「どうって、ダボンが帰って来ないのよ!」


相変わらず呑気なままのガランにシルフィーは詰め寄る。どうしてここまで落ち着いているのか、彼女には理解出来なかったのだ。


「どうしてそんなに落ち着いているの! 3日で帰ってくるって言ったのに、もう6日目よ。どうして探しにいかないのよ!」

「だってまだ6日だし……」

「もう6日じゃない!」


確かにダボンは強いのかもしれない。だがガランが言う通り本当に世界一強いわけではない。あくまで田舎の力持ち程度のものだ。それにどんなに強くても、それこそ世界一強い人間でも大怪我をすれば死ぬのだ。


(治癒魔法の使い手はちゃんといるのかしら?)


ダボンが出ていったときの姿を思い出そうとするが、彼女が見たのは棍棒一本持って出ていく彼の後ろ姿だけだ。あの後ダボンが、誰と、何人で魔物退治に出かけたのか彼女は知らない。


(どうしてもっと見ていなかったのよ!)


周囲があまりに自然に接していたので、あまりよく考えずに雑に別れを告げてしまった。しばらく前にこの村は魔物の被害が多い村だと聞いていたのにだ。

そうして今からでも何か出来ることがないか考えたときだった。


「ガラン、何だか騒がしいけど、どうしたんだい?」


丸顔に団子鼻をひっつけた樽のような巨漢が現れた。


「あっ、兄ちゃんお帰り」

「ただいま、ガラン……で、どうしたの?」

「うん、実は――」

「何でもないから!」


自分でも驚くくらい大きな声でシルフィーは叫んでいた。それは明らかに先ほどガランを問いただしたときよりも大きな声だった。

シルフィーの大声が意外だったのか、ダボンは細い目を大きく開けてパチクリとしばかせると、それを2、3回繰り返した。


「何でもないのよ。だから気にしないで」

「ああ……そうですか?」


赤い顔をしたシルフィーはどう見ても何もないようには見えないのだが、訊くのも藪蛇だろうと思い後ろを向いてガランに土産話を始める。その姿は泥で汚れてはいるものの、大きな怪我をしているようには見えなかった。それに安堵する。ただ彼が無事であったことに安堵する。


「まぁ……しょうがないじゃない。無事なのはいいことなんだから」


ダボンには聞こえないように、何かを誤魔化すようにシルフィーは呟いた。



『棘つき鉄球のついた棍棒』はRPGのザコキャラが持っていそうなヤツです。後々で出てきますが、彼が使っているのは特注品として作られた『良い棍棒』です。


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