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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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悪役令嬢の独白


ダボンがお茶を運んで来たときにはシルフィーはすでに落ち着きを取り戻していた。

給仕を男性に任せるなど貴族の子女にあるまじき行為だと思いながらも、こんな田舎で気を張っても仕方がない。

都合よく田舎の論理を利用してシルフィーはカップを手に取った。


「貴方が淹れたの?」

「まさか、ゼベおばさんですよ」

「お茶を淹れるのも上手なのね」


あまり良い葉を使っている様子はないが、味はしっかりと出ている。2級品の葉で最大限にまで良さを引き出した茶の味だった。


「ゼベおばさんは昔、都の貴族のもとで働いていたらしいです。何か厄介事に巻き込まれて、今の旦那さんと一緒にマンバナ村にやって来たらしいんですが」

「どうりで腕がいいはずね」


茶の渋みの裏にある甘みを舌で楽しみながらカップを傾ける。このお茶を淹れてくれた者も何か事情があって辺境に流れて来たらしい。ただ、一人でやって来た自分と違い、彼女には連れ添いがいたようだか。そんな彼女を自分と比べながら、シルフィーは今日一日ずっと気になっていた事を尋ねる。


「ねぇ、ダボン。貴女、私のことをどこまで知ってるの?」

「え?」

「私がついこの前までエリオット様と婚約してたことを知ってるかって聞いてるの?」

「それは……まぁ」


言い難そうに「有名な話ですから」と彼は言う。ただその苦々しい表情の理由はシルフィーが考えていたものと違うのだが、それはさすがにうかがい知ることは出来なかった。


「詳しくは?」

「知らないです。学園で何かあって王子様を怒らせた……とは聞いたのですが」

「それが全部ね。私もゼベと一緒よ。厄介事に巻き込まれて……ううん、違うわね。自分で厄介事を起こして、それで王都にいられなくなっちゃったの」

「何をしたんですか?」

「まぁ、色々ね。今考えると馬鹿みたいなことだったけど、そのときは一生懸命だったのよ」

「あの……聞いても大丈夫なんでしょうか?」

「構わないわ。そのためにこの話をしてるんだから。今のうちに言っておかないと後で言い難くなるし、ダボンは自分から訊いたりしないでしょ?」


心の中だけで「アナタって見かけによらず優しいもの」と続ける。

そうして独白した。


当時、許嫁だったエリオットと一緒に過ごせると期待しながら学園に入学した日のこと。

声をかけようとしたとき、エリオットの横にはすでに見知らぬ少女がいたこと。

それが悔しくて二人の仲を引き裂こうとしたこと。

そのために卑怯な手段も用いたこと。

結局、エリオットの心は戻ってこなかったこと。


そうして3年生も終わりの頃、卒業が見え始めてきた時期だった。この頃には既にアリスは聖女としての力に覚醒しており、エリオットの隣にいるのがもはや自然な光景になってしまっていた。

そんなとき彼女は聞いたのだ。


『どうやらエリオットは正妃としてアリスを迎えるつもりらしい』

『序列は一位。つまり第一王妃の座が約束されているらしい』

『ルナ・シルフィーは第二王妃。ともすれば婚約の破棄さえも検討されているらしい』


この時点でアリスを引き離すための万策が尽きていた彼女は最後の手段として直接、彼女を排除する方法を選んだ。


「それでね決闘を申し込んだのよ」

「け、決闘ですか??」

「とは言ってもね。私が決闘するわけじゃないわよ。私は手袋を投げるだけで、あとは代理人を立てるの、古い貴族の風習ね」


いさかいが起こった場合は決闘で決める。それは王国の黎明期(れいめいき)。法がまだ未整備だったときの慣習だった。時間とともに徐々に形骸化(けいがいか)され、命を懸けた決闘はなくなったが、それでもこの分かりやすい決着方法は一定数支持され続け、少ない数ではあるが年間に数件の割合で起こる。そして法にこそ明記されていないが、この決闘による決着は貴族の中の暗黙の了解として、かなり強い拘束力がある。

多くの場合は代理人を立てて戦うが、まれに自分で戦う貴族もいる。女性ならば間違いなく代理人を立てる。全ての策が空振りした彼女は、この古い習慣に賭けた。


「それでね……負けちゃったわ」

「相手が強かったんですね。それは仕方がないです」

「それもあるんだけど、私の場合は誰も代理人になってくれなかったのよ」

「誰も?」

「そうよ。学園の学生が決闘をするときは普通の決闘と違ってルールがあってね。代理人は必ず学生じゃないといけないのよ。学生間の問題解決に公平を期すためとか、そんな理由だったかしら。それに男の子だったら、まず代理人は立てないしね。私がアリスに決闘を申し込んだとき、その場でアリスの代理人を名乗り出た人間が五人もいたのよ。エリオット様もそのひとり。後は四大貴族の跡取りとか、近衛騎士団長の息子とか、エリオット様の異母兄弟、隣の国の留学生なんてのもいたわね。皆、剣術や魔法の成績が上から数えて5番以内。おまけに誰も確執なんて残したくない家柄の男の子ばかりよ。そんなのが相手なら、私の代理人を名乗り出る人間なんているはずないわよね。でも……それでもどうしても勝ちたくてズルまでしたんだけどね、それでも負けたわ」


喋り終えて一口飲んだお茶葉すっかり冷たくなっている。思ったよりも長い時間話し込んでしまったようだ。それを閉めるために、喉と唇を冷たいお茶で潤してから、シルフィーは言った。


「それでエリオット様に言われたの「もう二度と顔を見せるな」ってね。それでここまでやって来ちゃったわ。ここならもうエリオット様の顔をみることもないでしょうしね。これが私がここに来た理由よ」


長い独白が終わる。

こんな田舎なのだから黙っていればバレなかったことも多かっただろう。しかしシルフィーは包み隠さず恥を語った。そうでなければ、ダボン自身は気にしなくとも、いずれ必ず何処かで禍根を残す。大貴族の娘が第一王子に見限られて婚約を破棄されるというのは、本来ならあり得ないほどに馬鹿げた出来事なのだ。


「どう? 幻滅した?」

「あ、いえ……そんなことは。ただビックリはしました」


言葉ではそう言っているものの、ダボンの目は相変わらず細いままで感情が上手く読み取れない。怒っているようにも、呆れているようにも見える。


「シルフィーさんは、今でも王子様のことが好きなんですか?」

「もう……分からないわ」

「分からない?」

「最初は本当に好きだったのよ。一番初めて会ったのは7歳くらいの時だったわ。当時は結婚の意味もよく分かってなかったけど、自分はこの人と大人になったら一緒になるんだって教えられた。それから何度か会う内にだんだん気になってきて、それでね……ある日、王城の薔薇園だったわ。そこで手を握ってくれてね。その時に本当に好きになったんだって気づいたわ。学園に入学した時は嬉しかったわ。エリオット様と一緒に過ごせる時間が増えるって、ワクワクしてたわ。でもエリオット様があの子とばかり仲良くするようになって、それが悔しくて、もう駄目なんだって本当は解ってたのにそれが嫌で……最後はもうただ意地になってただけだった気がするわ」

「意地になれるんだから好きなんだと思いますよ」

「そうね。だから破談を言い渡されるまでは間違いなく好きだったんでしょうね。今は……やっぱり分からないわね」


あれからすでに半年の時間が経っている。そのほとんどの時間をシルフィーは実家であるルナ領の城の自室の中で一人で過ごした。

その間は、自分の愚行を恨み、アリスのことを恨み、自分を見捨てた取り巻きや友人たちを恨み、当然のようにエリオットのことも恨んだ。その中で彼のことが好きだという気持ちも随分と擦り切れてしまった気がするのだが、完全になくなったのかと問われるとシルフィーには判断がつかなかった。何故なら彼女の心の中にはいまだにエリオットを恨む気持ちがある。ダボンが言ったようにそれだけ執着出来るのは好きである裏返しだからだ。

ひょっとしたらもう一度エリオットに会えば判るのかもしれない。しかしそれは永遠にあり得ないことだし、会えないことは幸いなことなのだろう。


「ねぇ、ダボン」

「何ですか?」

「アナタ、自分の結婚相手が他の男が好きだって言っているんだから、もう少し焼きもちくらい焼きなさいよ。悔しくないの?」


当初、自分に話しかけるのにも躊躇っていたダボンだが、シルフィーの昨日の失態が逆に彼を落ち着かせたのかもしれない。もともと物静かな少年なのは間違いなさそうだが、それにしてもダボンの様子は落ち着いていた。


(年下のくせに生意気ね)


そんな愚にもつかないことを考える。

ちょっとした仕草から彼がシルフィーに惚れているのは間違いないはずなのだが、それにしては嫉妬の感情が感じ取れない。男のそういう所をくすぐってやると、よりムキになって女に向かってくることを知っているシルフィーはそれを探そうとするのだが、目の前にいる丸顔の少年の表情は相変わらず分かりにくかった。

そんなシルフィーの内心を知っているのかいないのか、ダボンは丸い団子鼻を照れたように掻く。


「う~ん、そうですね。王子様を直接知っていたら嫉妬していたかもしれません。でもここから都はあんまりにも遠いから、それでどこか他人事のように感じてしまうかもしれませんね」

「私が目の前にいるのに?」

「ああ……そうですね」


もう一度、鼻の頭をポリポリと掻く。

そうして答えた。


「嫉妬しないのは余裕があるからなのかもしれません。ここにシルフィーさんの逃げ場はありません。王子様がやって来ることもありません。それで安心しているのかもしれませんね」

「意外と卑怯なことを言うのね」


純朴そうな田舎の少年から出た意外な言葉に驚くと、ダボンは「そうじゃないと魔物とは戦えませんから」と笑って返した。


「父さんが急に亡くなったせいで領主の任についていますが、僕はまだ成人していません。だから正式に結婚出来るまでまだ時間がありますから、それもあるのかもしれないですね」

「あの話を聞いても私と結婚したいと思うのね」

「えっと、そうですね……」


シルフィーに呆れたように問われる。ここでダボンは初めて本当に照れながら彼女に答えた。


「僕はシルフィーさんと結婚したいと思っています」

「どうしてよ?」

「シルフィーさんは綺麗ですから」


見た目がいいから結婚したい。あまり大きな声で言うような理由ではないが、ダボンは何のてらいもなく言った。


「シルフィーさんは今まで僕が見たこともないほど綺麗な女の子です。初めて見たとき全身が凍りつくほど衝撃でした。それに聞いていた評判ほど性格の悪い方ではありませんでしたから」


お世辞にしても大げさなほどダボンは言う。こんな賞賛を正面から言われれば、普通の女性ならば赤面するところだろう。だが相手は大貴族のお嬢様、シルフィー・ルナだ。美辞麗句など飽きるほど浴びてきた彼女は、むしろ「性格が悪くない」と言われた部分に気を良くしたようだった。


「ふぅん、言うじゃないの。でも、私は別にアナタのことは好きじゃないわ」

「別に構いません。結婚するのは決まっていることですし」

「まぁ、そうね」


そこは事実として認めなければならない所だった。

家から見捨てられて辺境に送られた自分に最早行く道などない。ここから歩いて他の場所など行けるはずもなく、魔物の蔓延(はびこ)る辺境で一人で生きていけるはずもない。そもそも貴族の娘である以上、政略結婚することが当たり前だ。これまではエリオットと結婚して王妃になるというのが目的だったのが、辺境の野豚と結婚して晒しものになることで怒らせたしまった王家や他家の留飲を下げるという目的に変わっただけで、これもルナ家にとって意味のある政略結婚なのだ。もっとも当初と比べると随分と低い条件の婚姻であることは否定しようがない。


(今までが幸運だっただけなのよ)


エリオットは100人女性がいれば、100人ともが見惚れるような美男子だった。王冠のように輝く濃い金髪に、意志の強い青い瞳。体躯にも恵まれた偉丈夫でもある。それと比べて樽に手足の生えたようなダボンの体躯はたくましくはあるが何とも野暮ったい。髪や瞳の色もルナ領の人間としては一般的な濃い茶色をしていて、髪は日に焼けて傷んでいるせいか縮れている。


「まぁ、あと2年あるんですから、まずはここにゆっくりと慣れて下さい。いくら僕が田舎者でも自分が王子様よりも魅力的でないことくらい解りますから」

「そうね」


即座に頷く。

人柄はともかく、容貌や地位がエリオットにどうしようもなく劣っていることは紛れもない事実だ。それにエリオットも別に性格が悪い訳ではなく、むしろ男気のある性格は好ましいものだった。現に学園に入るまではシルフィーもそこまで邪険にはされていなかったのだ。


「それに僕はシルフィーさんが好きですが、シルフィーさんが無理に僕を好きになる必要はありません。もちろん、僕としてはシルフィーさんに好きになって欲しいんですが……」

「そこは私も善処するわ」


政略結婚なので必ずしも相思相愛である必要などない。家によっては公然と愛人を囲っている家も珍しくはないのだ。ただ個人の趣味としては、シルフィーはあまりそういったものが好きではない。そもそも自分と釣りあう男がこの田舎にいるとは思っていなかった。

まるで商品の説明をするように淡々と結婚観を語るダボンに、シルフィーも一つずつ頷いていく。ところが次の条件を切り出すダボンは顔を赤らめ、珍しく感情を発露させていた。


「あと、その……子どもに関しては、おいおいで……もちろん跡取りは早い方がいいのですが、その……僕も心の準備がいるというか、その……はい。昨日のようなお誘いは男として非常に嬉しく思うのですが……その……未熟者で申し訳ないです」

「あ、あれはなかったことにしてちょうだい!」

「は、はい……」


同様に顔を真っ赤にしながらシルフィーは叫んだ。

頷くダボンは安心した半面、残念そうな顔もしていた。


「何にしても出会ってすぐに相手を好きになるなんて無理に決まっていますから、まずは少しずつマンバナ村や僕のことを知ってください。僕はシルフィーさんが落ち着くのをゆっくりと待つつもりではあるので」

「分かったわ。アナタが18才になるまでにちゃんと覚悟は決めておくから、そうしたら正式に結婚しましょう」


18才という年齢はあくまで法的なもので、こんな辺境では正直、無視しても構わないのだろう。平民ではもっと低い年齢で事実婚をしている者も多い。それでもシルフィーは強がりながらも後のなくなった自分に猶予をくれるダボンの甘さを噛みしめ、最後についてくれた小さな嘘に感謝した。



中々話が進みませんが、序盤はゆっくり展開になりそうです。10話くらいで一区切りでしょうか?

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