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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
3/107

捨てられた悪役令嬢


(やっぱり、この男がダボン)


全体的に丸っこいフォルムをした男を見て、シルフィーは肩透かしを食らった気がした。野蛮な男と聞いていたせいで、もっと野卑た山賊のような男を想像していたのだ。


(それでもエリオット様と比べれば獅子と野豚くらいの差があるけど……)


想像よりも少しマシだったとしても、小さなころから恋着していたエリオット王子と比べれば、その容姿はしょせんは野豚だ。

如何にも純朴な田舎者といった風な彼は自分を見ると顔を赤くして微かに震えている。それはこれまで初対面の人間が何度も自分に見せていた反応だ。その様子を見て、シルフィーは自信を取り戻した。

ルナの黒真珠などと称賛されていた彼女は自分が美しい容姿をしていることを理解している。学園時代も彼女はその美貌に寄ってくる男子たちを袖にして大いに楽しんだ。


(少し優しくしてあげれば……)


きっとこの男はコロリと自分に転がるだろう。唇の端が僅かにつりあがる。それはここ数カ月してこなかった彼女の得意な笑顔だ。底意地の悪さを感じさせながらも美しさを損なわない。それどころか、この笑顔を向けられるためならば、どんな男も身を投げ出したくなってしまう、彼女だけが出来る笑顔。

それを浮かべながらダボンに近づこうとして、シルフィーははたと気づいた。

今、自分はこの醜男(ぶおとこ)に媚びを売ろうとしている。名前も知らない辺境の地方領主に。少し前までは同じような男が近寄ってきても袖にして優越感に浸っていたレベルの相手にだ。


「あの……シルフィーさん?」


シルフィーの様子がおかしいことに気がついたのか、ダボンが控えめに声をかける。その開いているのかいないのか分からないような細い目に見つめられたとき、シルフィーは見透かされたような気がして慌てて馬車を降り、逃げるようにして屋敷の中へと足早に去っていった。





立ち去っていく黒髪の令嬢を見ながらダボンはぽかんと口を開けて見送っていた。すれ違うときにサラリと流れた黒い髪が、水に流した墨のように見えて目を奪われていたのだ。そうしてシルフィーの後ろ姿は水に流した墨のように消え去ってしまう。


「ダボン様?」

「あ、ああ……驚いたな」

「ええ、いかにルナ家の姫君とはいえ、挨拶もせずに無視するとは、気位の高い娘のようですな」

「え? あ、ああ……そうだな」


家令の老爺に言われ、呆けていたダボンは我に返る。しかし彼が考えていたのは全く別のことだ。シルフィーを初めて見た瞬間、感じたものが言葉になって口をついた。


「なんて綺麗な女の子なんだ」


去っていった黒い髪の残滓を探すように屋敷の入口を見るが、もちろんそこにシルフィーはいない。

気がつけばダボンは動き出していた。





屋敷に入ったシルフィは手近にいた使用人を捕まえると、自分に当てがわれた部屋に逃げ込んだ。ダボンの屋敷は村に立っていた家よりはさすがに大きいが、シルフィーの実家に比べれば犬小屋のようなものだ。当然、準備された部屋も小さなもので、学園の一般学生の寮に似ていた。そのせいで一度だけ入ったアリスの部屋を思い起こさせ、シルフィーをより陰鬱な気分にさせる。


(私はもう負け犬よ……こんな田舎のちっぽけな犬小屋みたいな部屋の中に追い立てられて。ううん、犬ならまだマシ。あんな野豚に媚びを売ろうとしたんだもの。私だってもう豚なのよ)


悔しさのあまりベッドに(うずくま)って枕に顔を埋めた。ダボンが野豚なら、差し詰め自分は黒豚と言ったところだろう。豚に抱かれて、豚の子を孕んで、豚のようにポコポコ子どもを産むのだ。それを考えると、涙で枕が濡れていく。

そのまま顔を枕に埋めるが、ベッドも枕もあまり良い羽を使っていないので思ったよりも体重を受け止めてはくれない。ただ直前にきちんと洗濯していたのだろう。シーツからはお日様の薫りがした。

質の悪いベッドだろうと、お日様の薫りは実家の城と変わらない。それに少しだけ落ち着いて、もう少し薫を嗅ごうとしたとき、彼女はある可能性に気づく。


「このベッドの上であの豚に抱かれるのかしら?」


実家にある自分のベッドに比べれば天蓋もないし、随分小さいものの、今のベッドも二人で十分寝れるくらいの大きさはある。その姿を想像しかけたときだった。

ドアの向こうから乾いた音がした。それはノックの音だ。


「シ、シルフィーさん……いますか?」


それは先ほど聞いたダボンの声だ。その声にドキリとする。


「シルフィーさん、いますか?」


もう一度ドアを叩く。

短く叩いたドアの音は、そのままシルフィーの鼓動の音と同じリズムだ。


(えっと……何か答えないと…………でも何を??)


「入って来るな」というのは簡単だ。だがそれが何の解決にもならないのが理解している程度には、シルフィーは理性的だった。


「シルフィーさん?」


(ど、どうしよう??)


はれの日に挨拶もせずに無視して逃げ込んでしまった。冷静に戻って考えれば、自分はかなり失礼なことをしている。それはこれからの生活でプラスには働かないだろう。平坦な口調なので分かりにくいが、ダボンはひょっとしたら怒っているかもしれない。

以前の彼女はここまで短慮ではなかった。むしろ幼少のころから海千山千の貴族社会の裏側を見てきたシルフィーにとって腹芸は得意技だ。しかしここ数カ月のふさぎ込んだ生活のせいで、そういう感性がすっかり鈍ってしまっていた。


(もしも相手が怒っていたら……)


自分が今、逃げ場のないベッドの上にいることに気づく。その事実と先ほど妄想した光景が頭をよぎり、シルフィーは顔を青くする。ドアの鍵は閉めていない。初めて入る部屋だし、頭も混乱していたから、そこまで気が回らなかったのだ。


「えっと……入りますね?」

「ちょっと、待――」


ガチャリ、とドアノブが回る。

そうしてドアの向こうからダボンが現れた。


「あ、あの……シルフィーさん? 大丈夫ですか?」

「な、何のことかしら……」

「いえ、その……体調が悪いのかと思いまして。宴の準備をしていたんですけど、よく考えたら後日の方が良かったですね。長旅で疲れているのに気づかなくて申し訳ないです」


ダボンは背中を丸くして頭を下げる。大柄な彼が申し訳なさそうに礼をする姿はどこか微笑ましい。

どうやらダボンが怒っていないようだ。それなら最悪の事態は防げると頭の中で判断する。もちろん遅いか早いかだけの違いだ。その事実もきちんと頭の中で整理する。

そうして彼女が得意な悪女の微笑みを浮かべようとして――やはり止めた。

この男の前でそれをするのは負けた気がするからだ。


「ごめんなさい。体調が悪かったのよ」

「や、やっぱりそうですか。ところで、その……お付きの方たちですが」

「お付き?」

「はい、実は皆さんシルフィーさんを届けたらすぐに帰ってしまったのですが?」

「何ですって!?」


慌てて窓の外を見ると馬車の列が遠ざかっていく。それを見て、そのまま彼女は床の上に崩れ落ちた。帰るとは分かっていたものの、こんな荷物を届けてすぐに出ていくような真似をするとは、さすがに彼女も想像の埒外だった。


「ぜ、全員帰ったの?」

「はい、皆帰ってしまいました」

「護衛も、侍女も、みんな???」

「はい、みんなです。最低限の荷を下ろしたら本当にみんな帰ってしまって。大貴族の方たちの流儀は分からないもので……あの、止めた方が良かったでしょうか?」


よく見ればドアの外には何とか両手で抱えきれるくらいの大きな木箱がひとつ。


「あれひとつだけを渡されまして」

「アレだけ??」

「はい、あの荷物だけ渡されて、輿入れの道具だと……ボクも何かおかしいとも思ったのですが」

「ハ、ハハ……」


乾いた笑いが漏れる。覚悟は決めたつもりだったが、まだ甘かった。自分は当主である父から完全に見捨てられたらしい。

何だかんだで彼女は箱入りのお嬢様。やはり心のどこかでルナ家の援助を期待していたのだ。それが完全になくなり、シルフィーの心は今度こそポッキリと折れた。


「あの……大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないじゃないっ! こんな辺境の最果てで荷物ひとつだけ渡されて!! どうすればいいのよ。終わりよ! 私の人生これで終わっちゃったのよっ!!」


金切り声を上げる。こざかしい計算など完全に頭から飛んでしまっていた。ダボンはシルフィーに対して物静かな女性という印象を持っていたので、これには大いに驚いた。


「あの……シルフィーさんは、やっぱりボクとの結婚は嫌だったんでしょうか?」

「当り前じゃない。貴方みたいな田舎者と結婚したいわけないでしょ! 私は本当なら、この国の王妃になるはずだったのよ、それがこんな辺境で貴方みたいな野豚と……」


今度はさめざめと泣き始める。その様子をダボンは静かに見守った。本来なら相当な罵倒を受けたはずなのだが、どうにも怒る気にはなれない。それどころか彼女の真珠のような涙を流す横顔に見惚れていたのだ。

そうして涙と一緒に感情を流しつくしたのか、シルフィーは光の消えた目で静かに呟いた。


「もういいわよ……どうでもいいわ」


同じ言葉をつい30分ほど前に言ったばかりだが、今度は悲壮感が違う。完全に希望を失った両の瞳は木の洞のように伽藍洞だった。

そんな光のない目をしたままシルフィーは言った。


「いいわよ、貴方……私のことを抱きなさい」

「え?」

「だから貴方の子どもを産んであげるのよ。落ちぶれちゃったとはいえ貴族の一員だもの。最低限の役目くらいは果たしてあげるわよ」

「え? え? あの?? シルフィーさん?」

「ねぇ、貴方、私に一目ぼれしたでしょ」

「え!?」

「隠しても無駄よ。見て分かると思うけど、私ってとっても男性にもてるの。一目惚れされたのは一度や二度じゃないのよ。だから分かるのよ」


唇は弧を描いているものの、そこに生気はない。そうして立ち上がると、ベッドの上で仰向けになって寝そべるのだ。黒いドレスは胸元の開いた大胆なデザインなので、天井を向けば豊かな胸の膨らみがより強調される。その眩しいほどの肌の白さと、いかにも柔らかそうな二つの膨らみに、ダボンは欲望を禁じきれなかった。


「ほら、早く抱きなさいよ」

「えっと……あの」


ダボンは混乱する。目の前には生まれてこのかた見たこともないほど綺麗な女性。部屋に入った途端、何かいい匂いがした気がしたのだが、それはきっと気のせいではないのだろう。そんな娘が無造作に身体を差し出してくる。

ダボンは気の優しい男だ。魔物が現れれば真っ先に戦い、村の仕事も率先してこなすので、村の皆からも慕われている。そんな彼であるが、目の前に横たわる魅惑の肢体の誘惑に耐えきれるほど聖人君子ではなかった。


「シ、シルフィーさん……」


ダボンの鼻息は荒くなり、普段は細い目が大きく見開かれた。大きな体がのそのそとベッドに近づいてく。シルフィーは逆に目をつぶった。

これから自分はこの田舎者に乱暴されるのだ。ドレスを破られ、下着を剥ぎ取られ、しとねで華を散らすのだ。

シルフィーの閉じた瞼の向こうにいるダボンは野獣のような顔をしていた。


(早く終わって欲しい)


未だ男を知らぬ身なので()()にどれくらいの時間がかかるのか分からない。すぐに終わるものなのか、それとも何時間もかけて身体の隅々までなぶられるのか。どちらにしてもシルフィーにとって楽しい話ではない。


(初めてだけど、大丈夫かしら?)


シルフィーの身長は平均的な女性と同じなのだが、ダボンの体躯は明らかに並の男性以上だ。彼女自身、男の身体に詳しくないこともあり、ちゃんと受け止めれるのか自信がなかった。


(きっと痛いのよね?)


覚悟を決めたというより、自棄になっていたシルフィーなのだが、ダボンはなかなか自分の身体に触れてこない。そうなると麻痺していた恐怖や羞恥心が襲ってきた。


(何してるのよ、やるなら早くなさい)


身体に触れられるのは嫌だが、下手に待たされるのも苦痛だ。だというのに、ダボンはいつまでたっても手を出してこない。気がつけば、先ほどあれだけ荒かった鼻息の音も治まっていた。


(何をしているのかしら?)


まさか自分をどうやって辱しめるか思案しているのか?

それとも自分が気づいていないだけで、既に閉じた瞼の向こう側では卑猥な行為が始まっているのか?

気配でダボンがそこにいるのは何となく想像がつくのだが、何をしているのかが判らない。

それから少し待ったのだが、やはりダボンが手を出してくる気配はない。そうしてついに我慢出来なくなったシルフィーは恐る恐る瞼を開いた。


「……貴方、何をしているの?」


そこにいたのは困った顔でモジモジと立ち尽くすダボンだった。彼は細い目を更に細めてシルフィーを見る。


「あの、ですね……」

「な、何よ」

「えっと、あの……」


いかにも言いにくそうな仕草でダボンは身をくねらす。大柄な男がクネクネと身体を捩る光景は一種異様な光景ではあるのだが、その時シルフィーは自分が思ってもいなかった可能性に思い当たった。


(ひょっとして、この男。私に惚れていない?)


勘違い。

それはシルフィーにとって考え難い出来事だった。彼女はこれまで自分を見て恋に落ちてしまった哀れな道化を何人も知っている。ただ最近は他人と距離をとった生活をとっているので、そういう感覚が鈍くなっているのも事実だ。

加えて彼女は自分の美貌に絶対の自信を持っているのだが、この半年間は塞ぎこんだ生活をしていたせいで、実は身体が少したるんでいる。髪も以前と比べるとパサついているし、肌のコンディションも悪いかもしれない。そして何より自分は半年前に本命であった許嫁を他の女と取り合って無様に負けてしまっている。その事実がかつて絶対だった彼女の自信を脆いものに変えてしまっていた。

そんなシルフィーの前でダボンはゆっくりと口を開いた。


「あの……ですね、実は……」


(何を言うつもり?)


色々と考えてしまうともう駄目だった。先ほどまで死んだような目をしていたシルフィーだが、そんな目が今はすっかり不安に支配されてしまっている。


「実はですね。ボク、女の子とですね……女の子とつきあったことがなくて」

「だ、だから何よ?」

「だから……その……」


相変わらず大きな体をもじもじさせる。そして言いあぐねた挙句、意を決したように口を開いた。


「だから……その……やり方が分からないので」

「や、やり方!??」


それが()()()()()()なのか、問い返すほどに彼女は貞淑さを失ってはいない。思わず顔が真っ赤になるのは、今の言葉ですっかり正気を取り戻した証拠だった。


「ここは田舎で同年代の女性もあまりいなかったもので……えっと、まずはどうしたらいいんでしょうか?」

「そ、そんなこと……」


言えるはずがない。というよりも、シルフィー自身もよく知らなかった。こういった時は男性に任せればすぐに終わると聞いていたし、初めての時は身体を相手に任せるのが女性としてのマナーだと教わっていたからだ。

その挙句、ダボンは彼女にとんでもないことを尋ねてきた。


「あの、その……シルフィーさんはとっても美人なのですけど、これまで男の人と、そういうことをされたことは?」

「な、ななな、何をっ……!」


顔が真っ赤になってくる。それは羞恥と怒りのためだ。そしてダボンの次のひと言で彼女の羞恥と怒りは限界値を振り切った。


「やっぱり、都会の女の子だったら、そういった経験が――」

「ある訳ないじゃない、この馬鹿!!」


枕が投げつけれ勢いよくダボンの顔にぶつかると中身の羽が飛び散った。

シルフィーは鬼の形相だ。

それに対して飛び散った羽で彼女にはよく見えなかったが、その瞬間にダボンは確かに安心した顔をしていたのだ。



設定はいちおうR15になっています。これくらいなら必要なかったでしょうか?


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