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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た


魔法文明が隆盛を極めたランディール王国。馬車型ゴーレムが流通を促進させ、治癒魔法による医療技術が発達し、魔石を利用した魔道具は生活を豊かにしていた。竜族や魔族といった種族が存在するために未だ地上の主の座についたとは言い難いものの、それでも人々の暮らしは確実に向上していた。

しかしそんな豊かな国にも田舎や辺境はある。

マンバナ村。四大貴族と呼ばれるルナ家が支配する領地の端の端のそのまた端。魔法文明の光が木漏れ日程度しか届かないような田舎なのだが、その田舎が今日は、上から下まで、右から左まで、てんやわんやの大騒ぎになっていた。

それもそのはず。マンバナ村の地方領主である、ダボン・マンバナに、主家であるルナ家から長女であるシルフィー・ルナが降嫁してくるからだ。


「うちの村にお姫様が嫁入りしてくる。」

「何でもルナの黒真珠と呼ばれるものすごい美人らしいぞ」

「めでたいことだ。本当にめでたいことだ」


領主の館とは名ばかりの、村の中で一番大きいだけの家では宴の準備が始められていた。幸いにも天気は快晴だ。庭というよりも単に家の横に開いただけの広場にはいくつものテーブルが並べられ、素朴であるが心のこもった料理が並べられている。


「これでマンバナ村も安泰ですなぁ」

「ああ、でもうちの娘がダボン様を狙っていたのにな」

「何言ってる。お前んちの娘はまだ8つじゃないか」

「ガハハハ、何にしてもめでたいことだ」

「ダボン様も別嬪べっぴんな嫁さんがやって来て嬉しいでしょう?」


皆は口々に領主であるダボンを祝福し笑顔を浮かべる。その表情がダボンの結婚を心から喜んでいるようだった。そんな村人たちを見て、今日の主役であるダボンは何かを誤魔化すような曖昧な笑顔で答えた。


「そ、そうだね。こんな田舎に主家のお姫様がやって来るなんて今でも信じられないよ」

「ガハハハ、それもこれもダボン様の実直な人柄が中央にまで伝わったということだわい」

「先代も天国で喜んでいることでしょう」

「そうだね……父さんももう少し長生きしてくれたらな」


村人たちは喜んでくれているものの、当のダボンは今回の急な結婚に懐疑的だった。昨年、急逝した父のかわりに急遽、後をついだダボンは大柄な青年だった。樽のような体型に太い手足、丸顔の中央にはやはりまるい団子鼻。両目は線を引いたように細い。どちらかと言えば……いや、彼は万人が見て明確に恵まれていない容貌をしていた。昨年、領主の就任を主家に伝えるためにルナ家の城に足を運んだのだが、そのときには「野豚」とさえ揶揄されたことがある。そんな自分が何故、こんな良縁に恵まれたのか?

中央の政治の力関係は奇々怪々でダボンには理解出来ないものだったが、それでも主家のお姫様がこんな田舎の領主に嫁入りすることが異常なことくらいは解る。


「ダボン様は女に興味がなかったけど、お姫様が相手ならば不足はないだろ」

「別に興味がないわけじゃないんだけどなぁ」


紫色の首飾りをさげた体格がいい男の言葉に、面倒そうにボリボリと頭を掻く。浮いた噂など一度たりとも流れたことがないのは、若い娘の少ないひなびた山村だということもあるが、それ以上にダボンが女に興味を示さなかったことが大きい。


「面倒事にならないといいんだけど」


こんな田舎の地方領主が陰謀に巻き込まれるとは考えがたいが、それでも一抹の不安はある。彼が今回の話を聞いたのが3か月前のこと。最初はわが耳を疑った。

田舎ゆえに皆は知らないが、領主であるダボンは父について地方領主の会合などに出たこともある。ルナ家の長女とランディール王国の第一王子であるエリオットが婚約しているのはそれなりに知られている話だ。

なので使者がこの話を持ってきたとき、間髪入れずに「何かの間違いではないのか?」と問い返したのは自然な話だった。そうして使者の男は苦虫をかみつぶしたような顔をしてダボンに答えた。「お二人の婚約は破談になりました」と。

それからダボンは少ないながらの伝手を使って集めた情報は以下のものだった。


シルフィーの縁組は破談になったのは事実。

どうやら王都にある学園でなにかがあったらしい。

それも何か悪事を働き王子を怒らせたようだ。

王子はすでに別の女性と婚約した。


行商から聞いた話や、父の代から親しくしている他の領主からの噂のみの断片的な情報ばかりだが、繋げていくとそういうことになるようだ。


「学園っていうのは、貴族の子弟達が通うっていう所だよな。でも王子様を怒らせるなんて、いったい何をやったんだろう?」


何か嫌な予感がする。マンバナ村は中央とはとんと縁のない田舎だ。だがそれでも四大貴族であるルナ家の領土の一部である。それゆえに彼は以前、シルフィーの噂を聞いたことがあったのだ。

ランディール王国を支配する四大貴族ルナ家の長女、シルフィー・ルナは性格の悪い女性であると。





宴の準備は整い、後は主賓を迎えるだけとなった。もちろん主賓とは主家のお姫様のことだ。田舎の村民たちはもちろんのこと、ダボンも大貴族の娘など見たことがない。風聞で知っているのは、黒い絹のような髪と、憂いを帯びた瞳の色は黒、白い肌が美しい、ルナの黒真珠と称される美貌の持ち主ということだ。

太陽が天頂まで昇り、時計を見れば時間ももうすぐ正午だ。

そろそろ時間かと思った時、遠くの方から馬車の列が近づいてくるのが見えた。


「いつものものとは違いますな」

「ああ、ゴーレム馬が引いているね。大きさは小さいけど装飾は派手で……凄い馬車だな。あんなの見たことがない」

「まさにお姫様の乗る輿ですな」


古くからダボンの家に仕えてくれている家令の老爺にダボンは頷く。

徐々に近づいてくる馬車を改めて見ると、やはり華美な装飾に目を奪われた。そもそも馬車の型をした魔法生物(ゴーレム)ではない。馬型をした魔法生物(ゴーレム)が馬車を引いているのだ。そこからしてもう違う。

マンバナ村には数か月に1回定期的にゴーレム型の大型の馬車が訪れて、穀物や塩、油、紙、布といった生活物資を受け取ったり、逆に村で採れた特産品を渡したりする。辺境であるマンバナ村はルナの領土から見れば経済圏から孤立しているため、貨幣での取引よりも物々交換が重宝がられているのだ。

そんな時おりやって来る大型のゴーレム馬車が荷を放り込むための倉庫だとすれば、近づいてくる馬車はまさに宝石箱だった。扉には精緻な彫刻が施され、ルナ家の紋章が施された旗は明らかにダボンが着ている正装よりも良い布が使われていた。見れば回る車輪にさえも、何らかの細工がされているようだった。そしてその宝石箱の中には最上級の黒真珠が納められているのだ。


村民たちが見守る中、馬車はゆっくりと屋敷の前で止まった。ゴーレム馬が直立不動で立つ中、お付きの者がうやうやしく馬車の扉を開ける。

次の瞬間、ダボンの思考は黒一色に染められた。

現れたのはまだ少女の影を残した長い黒髪の女性。噂通り黒髪と黒い瞳をした絶世の美女だ。


「あれがルナの黒真珠……」


ひとつひとつの仕草に目を奪われる。

黒いドレスを纏った彼女がゆっくりときざはしを下りてくる。そのとき裾から僅かに見えた白い足が視界に入るとダボンの腹の底に得体の知れない欲望が渦巻いた。それはどんな女性を見たときにも感じたことのない感覚だ。

視界と頭をくらくらさせながらダボンは口を開いた。


「はは、はじめまして。マ、マンバナ村の領主のダボン・マンバナですっ!」


あまりに緊張したのか舌がうまく回らない。

心臓が早鐘のようになり、顔が熱くなる。

よく分からないが、何だか嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な気分に囚われる。

ダボンは大いに困惑する。

これがダボン・マンバナとシルフィー・ルナの最初の出会いだった。



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