針生戸 映一という青年
中学3年の頃、近所の先輩の学園祭に呼ばれ遊びに行った。
たいして偏差値が良いわけでもないが、悪いわけでもなく、普通の街にある普通の高等学校。
僕もゆくゆくはこのままこの高校に入るんだろうな。と考えながら
その校内ではしゃいでたり冷やかしてたり、ナンパしてたりする学生たちの中を知人とまわっていた。
やきそば、教室カフェ、自分のところの中学でもやってそうなありきたりながらこれぞ学園祭!
というような出店を回りながら体育館で演劇があると言う放送。なんでも今年立ち上げた演劇部の
初発表会という。芸能プロダクションに入っていたという異例の経歴を持つ顧問の先生が
立ち上げたと言う。あまりそういうのに興味はなかったが別に他に見るものがなかったのと、
たまたま足を向けたら手ごろな席があり、そこまでいったら人が集ってきて引き返せなくなったので
見ることに決まった。友人とははぐれている。ベルが鳴り本格的(?)なアナウンスのあと幕が上がる。
衣装もチープ、台詞回しもぎくしゃく、素人ながら見てても茶番、舞台でドタバタやってるだけの演劇。
見ているお客もゲラゲラ笑ってたり、軽く引いてたり、すでに見てなかったりと、
まぁ学生演劇はそういうもの。という雰囲気だった・・・僕以外は・・・。
学生の台詞回しは練習は多くやっているのだろうつつがなく進んでいるように見えるが
心情があんまり伝わってこないため、緊迫してるのだろうシーンでも効果音やBGMで解かる程度。
場面転換も暗転しているのにクスクスふざけながら、およそ真剣さが足りない。でもそういうものだろう。
ただ、その物語は・・・とても練られていて、表現が難しい。言葉の意味に重ねられた、
2重3重の意味合いがあることが後に理解できる奥深さ、登場人物の相関のわかりやすくも
多岐にわたるつながり、オリジナルという事だと言う事は、学生が、この高校の生徒が作った脚本、
ということになる。僕は震えていた・・・。『この脚本で映画を撮りたい!』
僕の将来の夢は映画監督になること。でも高校を上がるまでは地元でいろいろな映画を見ながら
普通の学生生活を送っていよう。そうすれば少なくとも親を安心させられる。一人立ちできる段階まで
親に自分を見せておいてそこから自分のやりたい事をやればいい。それまではできる限りの範囲で
できればいい。そう考えていた。でもこの日、この運命の場所で。僕はその自分のやってきたことが
間違ってない確信と、運命の出会いに感動して涙が止まらなくなった!
この人の脚本で映画を撮りたい!それは当分先のことになるだろうけど、この高校に入って演劇部で
この先輩といっぱい演劇の事や映画のこと勉強してすごい映画を撮る夢を実現させる!
そのビジョンが見えたことに涙が止まらなかった。しかし傍から見るとカーテンコールで演劇が終わり、
まばらな拍手のなか「そうとう感動したのか、でもこんなので?」と首をかしげた人もいたという。
その日から数日後、学園祭に招待してくれた先輩に演劇部の詳しい事を聞いてみた、が、
「ああ、あの演劇部ならもう辞めちゃったらしいよ。超スピード廃部だったらしいよ(笑」
笑いながら話す先輩の前で僕は愕然とした・・・。詳しく聞くと顧問の先生が先生として忙しく、
部の面倒が見にくくなったことと初演劇で笑われすぎた事による恥かしさで辞めた部員の多さ、
そして・・・とあるいじめが起きたことだった。来年高校に進学しても演劇部はない・・・。
でも!あの先輩はいる!脚本を担当した生徒は僕の先輩と同じ学年、一個上だ。演劇部がなくとも
あんなすごい話が書ける人と映画作りをやろうとすることはきっとできる!僕の気持ちは折れなかった!
そしてその日の一番の狙い「で、先輩、あの演劇の脚本書いた人と会わせてもらえませんか?」
と切り出すと「ん?・・・あ、あのな、さっきいじめがあったって言ったろ?いじめられたのってさ、
そいつなんだよ。んでそいつ、登校拒否になっちゃってさ、そんなに経ってないのに、とか思ったら
その劇の稽古が始まった辺りからいろいろあったらしくてさ、俺もあんまり知らないんだよ」
僕は少し気持ちが解かる気がした。確かに僕から見てもあんな脚本を書ける人は普通の印象は受けない。
なにか変わったところがあり、あまり人と付き合うのが上手くなさそうで僕みたいな感じだろうな。と、
でも僕は先輩や友人に会って人と付き合う方法を知ることができ、こういうのもゆくゆくは
将来必要なことなんだ。ということを学んだ。その人もきっと学ぶべきだと思う。
僕は一年後進学してこの高校に入ったらまた演劇部を復活させてその先輩の脚本で演劇を作りたい!
その時、そんな思いが芽生えた。
『なんだろう?急に2年前の学園祭の時のこと思い出しちゃった・・・ホント急に・・・どうしたんだ?』
リーゼントの男「おい!なにぼーっとしてんだ?早く台本見せろってよ!」
首を押さえつける男の腕にさらに力が入る。そして頭をゆするように振り出した。
金髪「ほれ見せろよ!見~せ~ろ~よ!!」
金髪の男は針生戸の両足を持ち上げ横に振り始める。ガシャガシャと周りの机は散らかってしまった。
後ろ髪「ギャハハハ!あ、んだよ!男じゃねーか!」
隣の机を物色していた男は出てきたノートに男の名前が書いてあったのにイラっとして
乱暴に机の中にしまった直後、ドカッ!と机を椅子に座ったまま蹴飛ばしてしまう。
ガシャシャシャダガン。大きな音が教室に響く。直後固まる男たち。
夕日が7割くらいになっている。明るさはまだ一応顔の表情が解かるくらい。
誰も近づいてくる気配がないと判断した男たち
リーゼント「おい大野!おめえもうちょっと静かにしろよ!」
大野「悪い悪い、気ぃつけるわ」
座ってた椅子から立ち上がりながら再び倒れた机にけりを入れる大野。
金髪「ケンちゃん、もう帰ろうぜ」
ケンちゃん「ん?でもまだこいつ本出してないぞ?おい映一、いい加減出せってよ!」
ケンちゃんは締め付けをさらに強くしながら針生戸の髪の毛を鷲づかみにした。
「い、いたたたた、ぐぇ」
針生戸の顔は真っ赤になりながらも台本の入ったかばんは抱きしめ続けている。しかしこのままでは
針生戸は・・・と思わんばかりの異変に気付いたのは真向かいの大野だった、が
大野「ギャハハハハ!すげえ顔すげえ顔!風船みてえだ!すげえよコレ!ケンちゃんリュウくん!」
ケンちゃん・リュウくん「ギャハハハハハハ!!すげえすげえ!針生戸がんばれ!針生戸がんばれ!」
ケンちゃんはさらに頭を振りリュウくんは足を上に持ち上げ血を頭に集めようとしている。
「あぐぐぐぐ・・・」
涙目、大汗、うっ血しだす首・・・限度を知らんな・・・。
「おい!いい加減にしろお前ら!」
針生戸をいじめていた男たちは一同に停止した。誰も来ていないハズだった。針生戸をいじりつつも
意識は少しまわりに向けていた。なのにいつの間にか・・・教卓に一人の長身長髪の男が座っていた。
『おい!カイン!貴様・・・!』
『しょうがねーだろ!あのままじゃあいつ死ぬトコだったんだ!予定前に殺されてたまるか!!
こういうの止めるのも死神の仕事なんだよ!』
『だからって人に姿を・『あーうるせえ!ちょっと黙ってろ!』
カインはポケットに入れている手に巻かれたリボンに魔力を流すとそのリボンは淡く発光し
ひゅるひゅると伸び始めた。そしてポケットに入れた手の指がなにかしらの形をした途端、
『う、うわあああ!』リボンのもう片方の怒れる天使の体が押されるようにカインから離れた。
『なにをする!特例中でもこれは重大な違反ぞ!殺してやる!!』
『まぁ待っとけ、まずこっち片付けるから・・・』
その間一分とない。が男たちの緊張は解かれているようだ。針生戸を放す男たち。
だが、そのカインを見る男たちの目つきは怒気が込められている。
明らかに学生ではない、教員、職員にも見えない。でもなにかしらの関係者なのだろう。
男たちはそう考えていた。『ん~・・・どうしよ・・・』カインはまだどう言い訳しようか悩んでいた』
大野「あんた用務員さんっすか?いつからそこにいました?」
『用務員でいくか?ううんなんか嫌だな』
ケンちゃん「いつからそこにいたんだよ。こそこそ隠れてやがって・・・」
『う~ん、けっこう前から見てたよな。隠れて・・・たことになるのかな?やっぱ』
リュウくん「とりあえずダマっててね。俺らも気をつけるから」
『う~ん・・・用務員・・・かな~・・・?でもな~・・・』
ケンちゃん「何とか言えやオッサ・・・!」
近づきながら考え事してるカインの胸倉をケンちゃんが掴もうとした際、
異常なほどの寒気がケンちゃんを襲った、と同時にそこそこ力を入れたのに掴んだ衣服は動こうともしない。
あまりの違和感に掴んだ手を離しながら
ケンちゃん「とにかく帰るんで!お互いなんも見なかったことにしようやオジサン!んじゃ監督!
またな!失礼しゃしたー!」
声が裏返らせ平静をよそおいながらそのまま前のドアから一人出て行くケンちゃん。それをキョトンと
見送っていたがハっと気付いて残りの二人も後を追って出て行った。
教室はカインと針生戸映一の二人だけになった。針生戸には見えていない針生戸の傍らで
カインの胸元に輝いていた宝石「マリア」が淡く光っている。
ゲホゲホえづきながら苦しんでいた針生戸だったが急速に楽になる体に疑問を持つこともなく、
立ち上がる。マリアは光を消した。
「あ、ありがとうございました。すいません。助かりました」
教卓からお尻を滑らせるように降りるカイン、そのまま針生戸に近づく
『こいつが今度の予定者か・・・こんな子供もあと一ヶ月で・・・』
針生戸は周囲の机を整え始めた。倒れた机も立て直した。カインもそれを手伝う。
手伝いながらマリアを回収。手に掴んだマリアは消えた瞬間胸元に戻った。
「先生はいつからいたんですか?どうやって入ってきたんです?」
『先生!?そうだよな!やっぱ先生だよ!用務員より先生にしよう!!』
針生戸の言葉で良いわけの道筋を決めたようだ。夕日は夕闇に変わっていた。まだモノの形はわかる。
が表情までは把握できない暗さだった。
「そんなことよりいい加減もう帰りなさい!もうこんなに暗いぞ!」
まるで担任のように急に芝居臭く針生戸をしかるカイン。
「あ、はい!」針生戸はそのまま引き返しかばんをつかむとそのまま後ろドアに歩いていく。
「では失礼しま・・・あ!」ドアを出かけた針生戸は先生(?)への挨拶をするため
振り返り、お辞儀をしかけた時だった。暗い逢魔刻、教卓付近にいるカイン。
もう輪郭も見分けにくくなった時間、しかしその輪郭の後ろに凄まじい光を放つ誰かが鬼の様な形相で
どうやっているのかわからない姿勢のまま何かを振りかぶりカインであろう輪郭に襲い掛かる瞬間を
針生戸は垣間見てしまうのだった。
このシリーズの前半で針生戸くんの名前が違いますね。ごめんなさい。
とりあえずこのまま行きます。なんだかんだこの天使もむちゃくちゃします。
その背景はまた次回以降で。