最終話 その死神は悲しく微笑う(わらう)
・・・今日まで、多くの、本当に多くの涙を流してきた。
その中であの日の涙が私にとって生涯でもっとも熱い涙だった。
この動かなくなった体も、あとはこのゆるゆると遠のく意識のなか
孤独の中で死を迎えるこの時にあの日の涙を思い出せたことに・・・
「よっと」
!
静かな病院の入院棟の一室。酸素吸入器や様々な管を通された一人の寝たままの老人。
その傍らに人影がある。その人影が老人の頭に手を置いた瞬間、すばやく手を引き上げる。
その手に引っ張られるように老人の姿が薄く光る形となって引っ張り上げられてきた。
物体でないのか、様々な機器やチューブに引っかかるということはない。
半透明の老人が目を開ける。その下にはその老人そのものが眠っている。
「お、おお・・おああ、あなたは・・・!」
半透明の老人は頭をつかまれながらつかんでいる人物の姿に
驚きと何故かわからない歓喜の感情がわき、わななきながら震えた。
「ボケてなかったな。さすが世界に知れた名監督だな」
「ふぐっ・・・ううううぐ、あ、あなたとあ、ああいつのぉ、はじうどどおがげでずうぅぅ!
(針生戸のおかげです)」
「何回か見に行ったよ。死神の飛行機の話と時代劇のシリーズ物は面白かった」
「ああ、あれは自信作でした・・・役者も好きに使えて・・・
とても手応えのある仕事でした、よ・・・」
泣きながら答える霊体(?)にあるものを差し出す男。
「そ、ヒックそれは・・・あの時のタオ、ルですか?・・・ヒック」
「おう、お迎えはこれがいい。と思ってな」
それは遠い昔この老人が学生のころ・・・
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とある学校。
「来てくれたんですね」
針生戸があの橋を渡る前日の深夜。学校のある教室。宅間裕司とカインが二人きり。
カインはともかく宅間がなぜ、どうやって深夜の教室に入れたかは謎である。
「見てたよ。お前よく堂々とここまでこれたな。怖くなかったのか?」
「少し怖かったですが前にあんな目にあってますからね。それに、信じてましたし」
昨日誰もいない放課後の教室。演劇部の用を終わらせ宅間は一人で教室で黒板に
「 カインへ、 明日の深夜この教室に0時に来い。針生戸を〇すために 」
と書き1時間以上待機しすべてを消して帰宅した。その間見回りの用務員の人にも会わなかった。
「一歩間違ったら頭おかしい奴ってバカにされてたぞ」
「慣れてますよ・・・それよりお願いがあるんです」
「・・・今日、あいつに会わなかったな」
「あいつにはもう会いたいだけ会いました。まるで普通でしたよ」
「なんでお前は覚えてるんだ?なんで覚えてるのにそんなに普通なんだ?」
「忘れたくなかったからですよ。あの日も、カインさんが抱きしめてくれてるとき、
頭の中があったかくなって意識が遠くなっていくとき
針生戸まで遠くなっていった。それにしがみついたんです」
「本当か・・・すげえなやっぱ人間って・・・」
レテ(忘却)の水が効かなかった理由が理解できたような気がした。そもそも自分が
悪魔だ死神だの、理屈も原理もあったもんじゃない。その一番の原因たる人間の心が
そんな死神たちの常識を覆すのだ。カインらは納得するしかない。
「で、お願いなんですが、これをあいつに渡してください」
そこで渡されたのがあのタオルだった。
「ガキの頃やった監督ごっこで監督役するときにお互いで巻いていたタオルです」
「そういうのはお前が持っといたほうが」
「俺は監督にはなれません、あいつを知ってるから・・・俺はいっぱい映画向けの作品作って
あいつが監督できないのを悔しがるくらい、い、いっぱい映画に携わるんです!あいつに・・・
あの世で、監督ごっこでもやってろって・・・・こ、これをぐうっ!・・・」
膝から折れるように崩れる宅間。しかしタオルを差し出す腕はカインにまっすぐ差し出されている。
「・・・お前すごいな。そこまで俺みたいなのを信じられるのか・・・」
「悪魔に乗っ取られてた時からずっとあいつとあなたを見てました。
ずっと憎くてムカついてましたけど、紗栄子のこともあってとにかく邪魔で・・・
それでもあいつが俺を諦めないことをあなたもあきらめないのが不思議に思って・・・
あいつ・・・もう死ぬのに・・・それでも全然あなた、諦めないのが・・・だから・・・」
暗い教室、崩れ泣く宅間の手からタオルを受け取りながら背中を抱くカイン。
数分後には宅間は自室のベッドで寝ていた。手には何もなく。
その日の登校時、針生戸の訃報を聞くことになる・・・。
ーーーーーーーーー
「あの日のことは忘れてません・・・でも、
誰にも言えなかったですよ・・・妻にも・・・妹にも」
「そんな歳までボケなかったのはディブグの影響だったのかね?」
「そういう意味ではあの悪魔には常々感謝してましたよふふっ。あの時の怖さに比べたら
たいがいは乗り越えられました。ダメだった時もすぐ立ち直れましたしね・・・
あ・・・」
その時、老人のそばの心電図が停止音を出した。
その音とほぼ同時に病室のドアが開き数人の男女が入ってきた。
老人のベッドに抱き着くもの、顔を沈め悲痛な表情でむせび泣くもの。
宅間裕司はその日カインの予定者だったのである。
「これは・・・」
「ああ、予定通りだ・・・痛くなかったろ・・・」
「本当は痛いんでしょうか・・・?」
「いや、あの段階は大概もう意識ないそうだ。お前もほぼ寝てたろ?」
「そういえばそうでしたはは・・・精一杯生きました・・・あいつのおかげ、いや、
あいつと同じくらい一緒に生きてくれた人たちのおかげで・・・」
「そうか」
「そしてあなたのおかげでもあります。ありがとうカインさん」
「ん?・・・お、おう」
宅間の霊体の姿が学生の姿から下の老人の姿に近づく。
「お前・・・」
「針生戸にもらったような人生でしたがそれでも自分自身の人生です。
最後は子や孫たちに泣かれながら死ねた。妻やあいつのところに行けるかはわかりませんが
自分らしく向かいたいので・・・」
「そうか・・・」
そういってカインは老人の霊体の頭に手を乗せ魔力を流し込む。老人の頭から光が広がり霊体を包む。
光が包み終わりかけたころ。
「そうだ、カインさん、最後なんですが」
宅間が声をかけてきた。その時には霊体は球状となり、その球をカインは
丁寧に持っていたタオルに包んだ。それでも霊体から聞こえる声はカインに問う。
その時の問いに答えたカインの表情を宅間はその心に焼き付けた。
「あなたはなぜ死神なのですか?」
「・・・さあ」
一言。
その一言をつぶやいたその死神は悲しく微笑ったのだった。
了
なんとか完結できました。
趣味でやってる分やったりやらなかったりで適当でしたが
完結できてよかったです。ちなみに最終的には宅間くんは映画監督になったということです。
ともあれ締められて本当い良かった!下手したら他のはなげっぱになりそうですが・・・。
カインの話は今後「その死神は悲しく微笑う」というタイトルでやっていきます。
よかったらよろしくお願いします!ありがとうございました!