アケローン川の畔で
ザパーン・・・ザザザザザ
波が打ち付ける崖のような場所。乳白色の波が白い岩肌を幾度となく叩く
その崖の上にカイン。都合よく腰を掛けるのにちょうどいい大きさの石に座っている。
物思いに耽って数分、数十分のち、いつもの腰のポーチに手を伸ばし
パチっとボタンをはずし中に手を入れる。
取り出した一つの魂。針生戸映一だった魂である。淡く光っているのか
周りの明るさを反射しているだけなのか透明なビー玉のような光沢のまま
カインの手のひらで佇んでいる。
その魂を、なんとカインはそのまま手のひらを返すように崖の下へと落そうとした。
瞬間、崖の向こうからまるで見えなかった巨人の幻影が手のひらを上にして
カインの落とそうとしている魂を拾おうと現れてきた。
川の水面は断崖にぶつかる波以外起きていない。
しかしその魂はカインの逆の手で大事にキャッチされていた。
固まる巨人の幻影。照れ隠しに咳払いをしてしゃべり始める。
「んん゛!カイン、そういう行為は感心せんぞ・・・。
それにあれ・・・どうにかしてくれ」
腰から上が崖の向かいに浮かび上がっている。以前カロンとよばれた
老人のようだが大きさが違う。それでもそれはカロンだった。
その老人はカインから視線を崖からかみて下流側に向ける。
距離が測れない霧がかった先に不思議と鮮明に遠くに小競り合いが見える。
一人の素肌に羽衣をまとったような女性型の天使がきょろきょろしながら周りの死神や天使たちと
何やらもめている。
「・・・あれなぁ、なんか知らんが懐かれてなぁ」
また石に座り込んで頬杖をついてため息交じりにいう。
「てっきり事が終わったら消えるんだろうな、と思って優しくしてたら
存在理由が固定したとか何とかで異種としてのプリンシパリティとして
許されたんだと・・・天界でそういうのあるなんて初めて知ったぞ!!
その上でカインの監視専門とかぬかしやがった!濡れ衣は晴れたろう!
っつったら今度は・・・」
「あ・・・おい!」
呆れた口調がだんだん熱を帯びなぜか照れ隠しにしか思えない怒気をはらんできたとき
向こうを見ていたカロンがつぶやいた。
「早くその者の魂を渡せ!丁重に運ぶから!」
少し慌てて巨大な老人の幻影が座っているカインに手をかぶせてきた。
「ん?おわ!!」
幻影に隠れるカイン。すぐに幻影の手は上に上がる。
「何すんだよ・・って、え?なんで?」
カインの背筋が冷えた。目の前にそのプリンシパリティが飛んできたのだ。文字通り。
現実側の冥界と死者の魂の向かう霊界との接点であるアケローン川(三途の川)は
天使であれ悪魔であれその能力は制限を受ける。が、その制限には
魔界寄りの死神と天界寄りの天使とは差があり天使には移動の制約が少なく
飛行もできる(対岸には隔たりがあるので向かえない)
プリンシパリティはカイン達が見えたわけではない、が、
自分の話題を感じ取った先に感じ取りたい気配を感じた。そんな感じで気づいたのだ。
「いたーーーーーーー!カイーン!!」
「うっ・・・」
腰を上げプリンシパリティとは反対方向に逃げようとしたカインだったが
プリンシパリティの手元に見えたものに何かを思い出して踏みとどまる。
「?」
訝しんだカロンだが向かってくる天使の勢いは何やらめんどくさそうだ。と感じて
「ではな、この者の魂は責任持って送る」
挨拶して消えかけたのを
「あ、ちょい待って。その魂もっかいかしてくれ」
カインが呼び止める
「んー、一度受けた魂は私の手から離すことはできないぞ」
あれ?こいつ忘れてるのかな?とでもいうような顔でカインにこたえるカロン。
「あっちゃーそうだったな・・・まいったな~・・・」
そうこうするうちに追い付いてきたプリンシパリティ。
「いたなカイン!これを忘れてたのを届けてやったんだ。ほらほめろ!あがめて奉れ!」
得意満面で右手のタオル?を差し出している。だが顔は真っ赤だ。
あの一件以来、自分の中のカインへの感情が楽しいのに何かゾクゾクするような
ただ、離したくない気持ちを持ってしまったらしく。それが何かわからず
上司のドミニオンに聞いたら
「何やら困っているのならその気持ちだけでも消そうか?」と言われ断ると
「消すのがだめなら残念だが私には何もできないな。君のやれる限りで
やりたいようにやればいいんじゃないかな?その気持ちのままにね」
そう後押し?されカインに付きまとうことにしたのだそうだ。
「いや~悪い!助かった!何か忘れてるな~って思ってたんだ!」
「ん?もしかして、ここにきてしばらく佇んでいたのはその考え事か?」
「え?あ、ああ~な~んか何を忘れてるのか
思い出せなくてな~そのまま流しちゃっていいかな~とか考えだしたら・・・」
「カイン・・・人間の魂に一回謝れ・・・」
「そ、そうだな、悪い!針生戸!ごめん!悪かった!だからせめてもの餞別だ。プリン」
「ん」
目の前におもむろに差し出していたカロンの右手に載せられた魂に手を合わせて
謝るカイン。謝りながらプリンシパリティに声をかけてその声にこたえるように
手に持ったタオルを差し出すプリンシパリティ。
「プリン?」
カロンの不思議に思ったつぶやきにプリンシパリティ渾身の殺気がカロンに向く。
「な、なんかしらんがここ(霊界前地)でその殺気はやめろ」
プリンシパリティもハっと気づき俯いてしまう。
「はは、カロン、すまないが物理界の代物だがくるんでやってくれ」
「触れた限り、その布ならこの魂に同調できる。問題はないだろう」
しゃべりながら魂にそっと掛けられたタオルをまるで見えている手が
その場にないかのように透けながらタオルは魂を包むようにくるまってゆく。
包まり終えてカロンは大事そうに両手で持ち上げる。それを見て二人
「ありがとう」「ありがとうございます」
カインは素直な感謝の言葉を言った。続けてプリンシパリティ。
カロンはさきほどの殺気のこともそうだが天使に面と向かって
どういう関係性があるかわからないこの人間の魂への行為への
感謝の言葉をかけられて、先ほど以上に不思議そうにプリンシパリティを見る。
プリンシパリティは視線に気づくがもう睨むことはない。少し照れている。
照れる天使などなおさらに初めて見たカロンだがとりあえずこの魂を送らねば。と考え
「では送ってゆく。次に向かうがよい」
そういって霧をまとって川の向こうに消えていった。
かすかに崖下の水面が波立って崖を打ち付けた。
「ふう」
「さあ!あの魂は終わったろう!次に行くぞ!次に!」
「え?あ、いや~次の予定はまだないかなぁあっち!」
なぜか意気揚々とするプリンシパリティに手を握って引っ張られるカイン。
片方の手で慣れたように手帳を取り出し指でページをめくろうとした途端、
恐ろしいほどの熱を感じ手帳を投げ落とす。
手帳に死を迎える予定の人間の情報が乗る際、焼き印のように字が熱くなる。その熱だ。
「ああもう、大事な商売道具だろう!粗末に扱うな!マリアに笑われるぞ!」
「う、お前がマリアのこと言うなよ!」
落ちた手帳を拾い何もついてないのになぜかはたいて渡すプリンシパリティ。
それを受け取りながら手帳を確認する。なぜか片手は胸元の賢者の石をなでていた。
「ほら!仕事ができたんだろう!まず下見に行くぞ!
道草食わんように私が監視しておいてやるからな!」
「・・・」
「覚悟するんだな!お前とともに人の魂も安全に見届けてやる!だからもっといろいろいくぞ!」
『こいつ、自分が楽しみたいだけなのか・・・?本当に天使か?なんか悪い気はしないが
勝手ができなくなるのはな~・・・』
「お前曲がりなりにもプリンシパリティだろ?向こうの仕事もきっとあるぞ」
「できるうちのものは終わらせてきた!仕事ができたら部下のガミジンたちが連絡を入れる」
「あらまあ有能・・・」
「さあいこう!無事に天命を終えられるように私とお前で人間を守るんだ!」
「見守るんだよ!」
静かな霊界前地(冥界)が、二人の姦しい疑似夫婦漫才に、遠巻きに見ていた天使や死神が
不思議に心地よい気分にさせられながら、二人が消え再びいつもの空気に戻るころ、
崖の風景も消え、川はまた対岸へ向かう魂たちの光を見守るように、静かな流れをたたえていた。
おひさしぶりです。
次はアケローン川に来る直前のお話。それでこのシリーズ最後になります。
次はタイトルから変えようと思います。
よかったら読んでやって下さい。
(次は何年かかるかな?なるべく更新頻度上げたいと思います)




