涙の行方
カァァーッ ッカァーッ
カラスが2羽男の真横を横切った。男の肩にとまろうとして追い払われたのだ。
その前も数羽いろいろな鳥が男めがけて飛んできてはその度に追い払う。
1時間くらいその姿勢のまま。中空に佇んでいるからだ。
西日の陰りが濃くなって夕日が沈みかけてきていた。男、そしてもうひとり
ほぼ裸ながら羽衣をまとい男に向けて三股の槍を構える女性。目に涙を浮かべて、
その女性の姿勢も一時間そのままである。二人共動く気配がない。
緊張感はほとんど失せてしまっている。男と女の腕に巻かれたひも状のもの。
グレイプニルによってお互いの考えが少しながら理解できてしまっているからだ。
『自分の感情がわからなくなってる、ってとこか・・・』
男の指が顎をかき出した。
女「動くなって言ってるだろう!そんなにかゆいのか!」
槍が前に出る。男の数センチ前まで迫る。
男「もう夜だぞ?針生戸のトコに帰ろうぜ」
女「お前との決着をつけてからと言ってるだろう!早く立って戦えばいいだけだ!」
男「でも戦う理由がないだろ?それに戦いたい割にお前がかかってこないじゃないか」
女「無防備のやつを殺せないだけだ」
男「今まで散々襲ってきたのに?」
女「くっ・・・昔の話だ!」
男「今は死神と認めてるのに殺し合うのか?」
女「・・・」
男「死神が天使を殺せるわけないだろ?」
女「・・・(グス)」
男「まして人間を分かりだした天使は死んじゃいけないんだ」
女「なにを」
男「異教徒は全て敵。のお前がなんで日本人のあいつのために怒ったんだろうな?」
女「そ、それは」
男「その泣き顔が答え。だろ?」
男が立ち上がる。場所が中空だけに足を伸ばしただけのように見える。
はっと気づき槍に力をいれ構え直しながら顔を拭う。
男「お前は迷ってんだろ。人というものに」
女「うるさい!カイン!早く剣を抜け!!」
カイン「お前ら天使はその教えを守る人間だけ守ってればいい。
でもお前は関係ないあの少年の気持ちを守ろうとしてあいつを襲うあの男に怒りを」
女「しゃべるなあああ!!」
ビヒュン!!
女が構えた槍を素早く回転しながらカインめがけて振り放つ。正確な方向。
恐るべき速度・・・だが角度が上すぎてカインの頭をかすめもせず、
槍は空の彼方に消えていった。直後に力なくその場にヘタリこむ女。
カインがゆっくり歩み寄る。うつむいている女。
肩をこわばらえながらむせび泣いている。顔を上げもしない。
カインがしゃがみ女の頭に手をのせる。まるで女の子をなでるように。
「ありがとう」
動きが止まる女。何もかもわからなくなった自分。
天使としての存在理由の中、その理由のためだけに、イレギュラー(13番目)
として存在を確立させるために他の天使の倍は働いてきた自分。
その中で出会った記憶にないながらどうしても気になる。
悪魔ながら死神をしているカイン。そのカインと共に行動して人間と関わるようになってから
その展開は急転直下な変動だった。価値観。考え、それらが破壊されても
その中で動くしかない自分がやってきた行為。
その理由すらわからなくなっての今、最終的に目の前の悪魔を殺そうとしても
頭の中でやってはいけないことと分かってしまっていることの矛盾への苦しみ。
自分が見えない。先も見えなくなり泣くことしかできなくなった最後、
すべてを壊した男からの言葉「ありがとう」
意味がわからなかった。殺すつもりで槍を構えた男に。
悪魔という認識でしかない男に。その言葉に。
ただ・・・その言葉を聞いた心は不思議なほど安心して言葉を受け入れた。
女「カイン・・・」
カイン「俺と同じように人間に迷ってくれて嬉しいよ」
頭を急にクシャクシャに撫でながら明るめな口調であっけらかんと言った。
女「ぅうわわわ!」
カイン「あいつらワケわかんないよな~?自分が死ぬってわかってんのに
自分に夢をくれた恩人を助けたいって命かけるかね?普通?」
カインはそのまま立ち上がり背伸びをしながら言った。
それを見上げる女。その顔は涙と鼻水でびしょびしょながらきょとんとしていた。
カイン「ほとんどの人間なんざ死ぬ直前まで命乞いしたり泣きじゃくりながら
他人を押しのけて自分が助かりたいと必死になるもんだ。でも、
それが人間だ。命ってな一人に一つしか持ってないんだ。
自分の大事なものを大事にするのが当たり前なんだ。
ただ大事にするそのやり方がいろいろなんだ・・・。
もちろん変なのもいる。俺ら以上に悪魔的でな!
悪魔の俺からしてもひいちまうようなな!そういうのがほとんどなんだ!」
まるでしょげてる子供を楽しませようとオーバーアクションで
しゃべり続けるカイン。それを聞く女の表情は軽く笑っている。
カイン「でもな、その殆どの中によ、ごく希にあいつみたいな、針生戸みたいな
のがいるんだ。自分の目指す夢に一直線でな。その夢のために何をすべきか
解ってて、そのために一歩一歩毎日を生きてる・・・若いのもいれば
老けてるのもいたな」
トーンが低くなる。しゃべる内容に気持ちを重ねすぎているようだ。
カイン「一生懸命毎日を生きてるのに・・・あいつ、もうすぐ死ぬんだ・・・。
不思議だよな・・・?運命ってなんなんだろうな?あいつの言ったとおりだよ。
世の中悪い奴はいっぱいいる。死んだほうがいいやつがいっぱいいる。
なんで、なんであいつなんだろうな?」
女に背中を向けてしゃべる言葉に鳴き声がまじる。
カイン「しかもあいつは自分が死ぬのが分かっても夢のためにって・・・
悪魔に魂を売ったやつを助けたいって・・・あんな人間・・・
どうやって殺すんだろうな・・・?」
女「カイン・・・」
カイン「どうやったらあいつ助けられるんだょっ!!」
女の声にまるで助けを求めるように振り返りざまに叫ぶカイン。
その叫びは言い切る直前に掻き消える。女の抱擁によって。
羽衣越しに女の肌のぬくもりがカインに伝わる。
カイン「プ、プリンシパリティ・・・」
プリン「プリンでいい・・・」
いきなりすぎて今度はカインが混乱しているがプリンの力強い抱擁が
カインの少年の死の予定への怒りに気持ちを沈ませていた心にしっかりと届いた。
プリン「あの少年はお前を信頼していた。ディブグの魔槍に瞬き一つせず
その契約した男を見据えた。悪魔の槍など眼中にないといった感じで。
出会った時私の槍に腰を抜かしたあの少年がだ。
プリンは腕をカインの肩にかけ体を離してカインを見つめながら力強く
声をかける。
プリン「お前はあの少年の担当なのだろ?そしてその少年に力を貸したいのだろ?
そのための具現化のはずだろ?お前の思い描いた計画通りじゃないか。
だがまだ安心できない。まだ最後の仕上げが残っている。それも全て
あの少年の助けが必要なんだろ?あの少年の夢は叶えられなくても
あの少年の願いは叶えてやる。お前はそう言った。仕上げよう!
私ももう迷わん!諦めがついた!お前は悪魔だが死神だ!
人間も異教徒であれ人間だ!悪魔から守るべき対象だ!
少年ながら運命を受け入れても命をかけて友人を救おうという
あの命の願い。全力で守ってやる!一緒にやるぞ!カイン!」
肩を掴んでいたプリンの手は最後の言葉と同時にカインの両腕をバシっと
叩いた。
カイン「痛ってぇ!お前、さっきまであんな・・・」
プリン「ん?あくまで男のくせに古い話をするんだな?情けない!
針生戸に笑われるぞ?はっはっは!ディブグめ、これで準備はいいんだな?」
カイン「え?」
プリン「計画だよ!計画!!針生戸の挑発でだいぶ向こうも
出来上がっていたのは間違いない。だろ?」
カイン「あ、ああ。あの裕司とかいうのも未練を残してる。
ディブグは本来病魔だ。不治の病、まぁ昔昔で医療の発達しなかった
時代だけどな。そんな病気や流行する疫病とか。そういう病気の悪魔だが
なんでこの時代の健康な高校生なんかに取り付けたのか不思議だったが
どうやらいじめによる一時的な妹への偏愛だったようだな」
プリン「愛も過ぎれば病、か・・・つくづく人間とは度し難いものだ・・・ん?」
まるで刑事ドラマのようなやりとり。ベテラン刑事プリン、その補佐カインといったところか。
そんなやりとりのなか終始カインの表情は
『こいつ・・・今の今まであんなしょげてたのに・・・
つーかこいついつの間に人間にここまで肩入れできる考えしだしたんだ?
俺の流れだとあの時「ありがとう」っつって同じように悩んでると強調して
そこから多少元気づけられればいいな程度だったのに。
まぁあいつのストレスも消えたみたいだけど・・・なんで俺まで
泣いちまったのかな・・・?これが一番わからん!あー恥ずかし!』
プリン「どうした?また泣くのか?」
カイン「先に泣いたのはお前じゃねーか!」
プリン「また過去話を・・・女々しいやつだな!っと、いい加減夜だ。
針生戸も心配してるかもな。私は天界に今後の報告をしてそのあとで戻る。
お前はガミジン隊に連絡をした後で映一のところに戻るんだぞ」
そう言ってプリンは次元転移魔法の詠唱に入る。
転移範囲の光に包まれるプリンその光の中で
プリン「カイン、ありがとう」
光の中ということも相まってプリンの表情は女神の表情にカインには見えた。
転移の光が消える。星空が近い夜中空にカイン一人。だったが
いきなりワっとガミジン隊の数名(隊長含む)が駆け寄ってくる。
ガミジン「カインさ~ん!な~に泣いてんですか~」
ガミジン「悪魔なら襲わないと!!ねえねえ!」
ガミジン「カインがそんなことするか!あそこは普通キスだよな!」
ガミジン「馬鹿どもが!天使相手にカインですら襲えもキスもできるものか!
こいつなら拉致って奴隷に・・・ぐええ!」
ガミジン「「「隊長!!」」」
カイン「てんめぇら遠方からずうぅっと見てやがったな~?助け舟も出さず・・・」
ガミジン「あんな空気でなにかできたか・・・?お前だって一時間以上・・・ぎゃあ!」
ガミジン「「「隊長!!」」」
一際でかいガミジンの馬の背中に乗り人の背中を海老反りにした最後
グキッというとともに気を失う隊長。
カイン「っとに出歯亀め・・・報告は必要ないな。
映一のとこ戻るからディブグの警戒や他の地域の警戒怠るなよ!」
ガミジン「「「は!」」」
カインの殺気は本物だった。気を引き締め直した隊員たちは隊長を抱え上げた
隊員含めカインから離脱。それぞれの場所に散っていった。
カインは思い出す。
『運命を受け入れても友人を救おうとする命の願い・・・か。
俺よりあいつの方が分かってんのかもな・・・。
それにしても・・あーやっぱ恥ずかしい!なんで「泣く」までいったのかな~?
やり直せるもんならやり直してぇ~な~』
頭をかきながらバツの悪そうな表情でも口の端をゆるく曲げながら
中空を針生戸の家の方向に飛んでゆく。
天使と死神、それぞれの涙の行方は少年の最期の時・・・
その直後に起こるクライマックスへと向かっていく。
遅くなりました。
読み返すと書く期間が無駄に長いせいか名前が違ったりしますけど
ひとつ訂正するとしたら「序盤の(久美)→(紗栄子)」です。
よろしくお願いします。もうすぐ終わりそうです。