第1話 迫り来る影 〜異世界に来ちゃった!
ふと、自分の存在を確かめるように短く息を吐き出す。
すっと呼吸を整えてから俺は辺りを見渡した。
死屍累々と地面を埋め尽くす屍、地面をあちこちで赤黒く染め上げている無数の血だまり。
そして、目の前で額から血を流しながらかすかに息をし横たわっている少女。
突如一陣の風が吹いた。
その風がやつの匂いを乗せてくる。
前を見つめ、やつの姿が現れるのを待つ。
数分前までの喧騒は搔き消え、あたりは不気味なほどに静まり返っている。
来た……
その静かな空気の中に自分へと迫り来る物音をかすかに聞きとる。
突然、影が視界の中に現れこちらに飛び込んでくる。
剣を一閃。
俺は渾身の力を込めて腕を振るう。
しかしやつはそれを見切っているかのように剣の切っ先スレスレのところを後ろへと飛ぶ。
俺はさらに踏み込みやつの胸元へと剣先を伸ばす。
やつはまるでそれをあざ笑うかのように剣先を逃れ、さらに後ろへと飛ぶ。
その手には乗るか…‼︎
俺のバランスを崩そうというんだろう。
俺は一度剣を引き、やつと正面から対峙する。
やつは動かない。
2人の間にいびつな時間だけが流れてゆく。
奴の目は怒りに燃えているように見えた。
母を、父を、そして友を打たれた怒りに…
「っ…!お門違いだ‼︎」
突然やつはずっと動き出す。
俺はすぐさま迎撃しようとして………
そのまま突如バランスを崩して倒れこむ。
何が起こったのかさっぱりわからない。
ただ、左足に強い痛みを感じた。
まるで痺れているかのように膝先の感覚を感じられない。
「……ちっ‼︎」
次の瞬間、倒れたままの俺にやつの一撃がヒットし、俺は痛みに絶叫する。
ふと手を見ると血がべっとりとついていた。
「…くそっ、どこをやられた?」
やつはどこへ行った?
ふと我に戻り俺は首をあげる。
視界の隅にやつを捉える。
地面に倒れている少女に向かってやつは武器を振り上げて襲いかかろうとしていた。
「やめろ‼︎」
俺は心の中で舌打ちをしながら動く方の足を使って地面を蹴った。
……間に合え。
そして俺はやつと少女の間に体を滑り込ませる。
…………。
………………………。
……………………………………………。
そして、
ゴボッ という音と共に命1つ分の血が森の地面を赤く染め上げた……
「いやっほ〜!!初めて討伐依頼を達成したぞ〜」
森の中に明るい声が響いた。
「おいリリーナ、お前意識あったのかよ。」
俺の目の前で拳を突き上げているのはさっきまで目の前で倒れていた少女だ。
「あ、それね、結構前から気づいてたよ。多分、1分も気絶してなかったんじゃないかな?あとは、死んだふりして寝転がってた‼︎」
「お前な…。気がついてんなら起き上がって俺のことを手伝って欲しかったよ。最後のゴブリンがお前に襲いかかったときなんかスッゲー焦ったからな!」
「ふーん。」
「ふーんじゃないっ!
というか、ゴブリンから逃げ回って木の枝におでこぶつけて気絶なんて一生の恥だぜ?」
「うるさいわねユーキ!あんたこそ最後のゴブリンを討伐するとき岩に膝ぶつけてすっ転んだ上に鼻血出してたじゃない!」
「うるさいな!本気で痛かったんだぞ!足の感覚なかったんだぞ!それでも俺はお前を助けに行ったんだぞっ!」
「はいは〜い。ありがとうございま〜す。
でもベビーゴブリンの棍棒で殴られたところでねぇ?」
「この野郎」
2人でしばらく笑いあった。
まあ要するにゴブリンの集団を討伐する依頼を受けたものの最後に残った一匹が思いの外強くて手こずったってだけだ。
討伐したゴブリンは全部で十五匹。
あたり一面にコロコロと転がっている。
ちなみにこのゴブリン、普通のゴブリンよりも一回り小さいベビーゴブリンという種だそうだ。
そうじゃなければ誰も俺たちになんて任せやしない。
世間ではわんぱく坊主たちのお小遣い依頼レベルでしか考えられていない。
ただ放っておくと普通のゴブリンになって厄介なのだそうだ。
しかも1つの集団に15〜20匹ほどいることが多いが、その集団は1匹のオスとその周りの3〜4匹程度のメスの子供なのだそうだ。
そのため毎年春先になるとゴブリンのカップルの数だけ発生する厄介な奴らでもあるらしい。
「まぁ、地球から来たばっかりの私たちじゃ所詮こんなものってことですよ」
リリーナが笑いながら俺の肩を叩く。
そう、ここは地球ではない。
何?ゴブリンが出た時点でわかってた?
あっそう……
ちなみに俺たちは地球人だ。
ここは異世界だ。
そして俺たち2人は異世界歴1日目だ‼︎……
事の始まりは10日前にさかのぼる。
俺はローノンで少年シャンプとL型チキンを買っていた。
「お〜、あまっちかー。お久しぶりの照り焼き!」
「あれっ?梨々香かよ。お前ここでバイトしてんのか〜。学校最近来てないから心配していたんだぞ?大丈夫か?」
「テヘヘ、お金に目が眩んでしまいやして」
「こっの野郎!」
「イテッ!」
俺は本当の理由を知ってはいるが梨々香がそういうことにしたいんならそういうことでいいだろう。
わざわざ俺からいうのもなんだ…。
「で、あまっち、幼馴染のよしみで豚まんも買って行ってくれませんかね?」
「どうしてだ?」
「いや〜。ついうっかり床に落としてしまいまして。店長に報告したら怒られるでしょうし、まさか何も知らない人に売るのも……イテッ!」
おいこらどういうことだ。
俺になら床に落ちた肉まんを打ってもいいってか
「いやだよそんなもん」
「いやでも、馬鹿ほど腹を壊さないとかなんとか…」
「誰が馬鹿だ!!」
梨々香は幼稚園からいまの高校までずっと一緒のところに通っている幼馴染だ。
特に何かあったわけでもなくただの偶然ではあるが、ママ友同士で仲がいいので俺たち同士も自然と仲良くなった。
まぁ、ただの友達なんだが。
たいていテンションが超絶高いため、会話すると疲れるのだが……
2人でしばらく馬鹿話をしてそろそろ帰ろうとしたとき…
突然コンビニの電気が消える。
「きゃっ」
次の瞬間、俺は顔から地面に倒れた。
鼻を思いっきりぶつけてしまい痛みで目が開けられない。
すると…
「おい、兄ちゃん大丈夫か?嬢ちゃんも!」
「ほらしっかりして!」
「うわっ!この嬢ちゃん白目むいてんぞ!」
周りが騒がしい。
状況から考えて嬢ちゃんと呼ばれているのはおそらく梨々香だろう。
白目をむいてる?
マジか…
慌てて飛び起きると目の前に道があった……
えっ?いま昼?
ここどこ?
なんで石畳の道路の上にいんの?
待って?なんで馬車っぽいのが走ってんの?
なんで馬じゃなしに背の低い生き物が引いてんの?
なんで向こうの屋台でトカゲが吊るされてんの?
とっさに目に入った光景に脳がフリーズしかける。
「お、にいちゃん起きたか。」
「嬢ちゃんはお前の連れか?」
「ん…うう……」
どうやら梨々香も気づいたようだ。
「あ、はい、どーも。
大丈夫です。ご心配頂き感謝します。何かお困りの際は…」
とりあえずテンパったまま口から支離滅裂なことを喋りながら退散を試みる。
「お、おう。わかった。なんかわからないが必死なんはわかったよ。」
「何か困ってんなら後からでもいいから俺らを訪ねてこいよ。カルネール地区の冒険者ギルドに顔だしてダークトルネードバーンはいますか?って言えば俺たちを呼んでくれるよ。」
ダークトルネードバーン……
黒い竜巻の炎??
やばい、突っ込みたいけど突っ込んだらダメな気がする…
「はい。わかりました。どうもありがとうございます。」
とりあえず深呼吸をしてからお礼を言い、俺はなにがなにやらって感じの顔をしている梨々香を連れてその場から立ち去る。
「あまっち?どうしたの?私たちどうなったの?ここどこ?」
「ちょっと待て、俺もいま混乱してるんだ。」
「ふーん。ねえ、もしかしてこれって異世界しょう…」
「そんなはずない!あれはあくまで物語だ‼︎」
「いやでもあれ…」
梨々香がさす方を見てみると、
そこには馬車を引く巨大オオトカゲの姿があった。
「うん…そうだな…少なくとも日本人はあんなことをしないな…」
一台だけじゃない、見える範囲でもそんなのが3台はいる。
「はーい、というわけで異世界に来ちゃいました〜!ガンガン盛り上がっていきましょ〜!」
梨々香の爆絶テンションが再起動を果たしたようだ。
「ねえねえ、異世界だよ異世界!
なんかそれっぽい名前をつけようよ!」
「いや普通にいつも通りの呼び方でいいだろ」
「そんなことないよ。あれ?この人の名前変〜って思われたらどうすんの!」
「あー、はいはい。わかったわかった。なにがいいんだ?」
「セバスチャン‼︎」
それ絶対執事キャラだろ……
その後結局、梨々香はなんとなく異世界っぽいリリーナに、俺は下の名前の裕樹をそのままユーキと呼び合うことにした。
ユーキって絶対この世界にいない気がするんだけどな…
ついに始まったこの連載!
受験の息抜きにぼちぼちやっていきますのでよろしく!