朝食。そして登校
終夜がリビングに出ると既にテーブルの上には料理が置いてあった。
「おはよう。」
「あら、呼ばれる前に来るとは関心ね。……ミナちゃんは?」
「俺の部屋で着替えてるよ。流石に見てるわけにもいかないから先に出て来た。」
着替えてる所を見るわけにはいかない。そんなことすれば魔法を受けるだけでは済まないだろう。
「それは関心、もしも覗いてたらお説教よ。」
「……まぁ流石に殴られても文句は言えないかも。」
「ミナちゃんに限って終ちゃんに殴りかかるなんてないと思うわよ?」
……正確に言えば殴られるよりも酷いことになるんだけどな。母さんは知らないから仕方ないけど。
と心の中だけで言いながら終夜は椅子に腰を降ろした。
「……さぁどうだろうね。男女関係なく温厚な人ほど怒らせたら怖いもんだと思うけどな。」
「それはそうよね。なら温厚な子でも怒るようなことはしちゃ駄目よ?」
(……二人だけの時は明らかに温厚とはかけ離れてるような気がするんだけど……)
実際『二人きり』の時はかなり当たりが強い。……彼女のために弁解しておくがそんな態度を取りたくて取っているわけではないのだが。
乙女心は複雑怪奇ということでミナがいつか素直になれるように見守ってあげて欲しい。
「……おはようございます。」
と、そんなことを考えている間にミナもリビングに到着した。
「おはようミナちゃん。ごめんなさいね、終夜の服しかなくて。」
「い、いえ。いいんです。むしろこっちの方が落ち着きます。」
(……相変わらず凄い演技力。……というか俺の服着て落ち着くって……何か複雑。)
多少の困惑を残しながらも終夜はもうミナのキャラの違いについて突っ込むのはこれで最後にしようと心に決めた。
「あら、それはよかったわ。……でもそのうちにちゃんとした女の子らしい服を買ってあげるから我慢してちょうだい?」
「そ、そこまでお世話になるわけには……一応自分で服は創れますし。」
「裁縫も出来るの!?……凄いわね、これは本当に終夜のお嫁さんになって貰わないと!」
「……お、およ……!はい、私もいつかはそうなりたいと思ってます……裁縫は誰かに少しでも見られてると全く出来なくなりますけど……」
(何でこの二人は勝手に話を進めてくのかな!?母さんに至っては何で結婚させる気満々なんだ!……というかミナ、服に関していい感じに理由作ったな……無理がある気がするし布は知らんが。)
心の中でツッコミをしつつもその感情を表には出さない。現在彼は出来る限り無表情であるように意識している。
(無表情無表情、絶対に表情に出すなよ……もし出したら母さんにバレる。……というか母さんは何故かミナのこと信用しきってるから逆に俺が怒られる可能性すらある)
だが当然だが意識して無表情になるなんてそう簡単には出来るはずがない。今の彼は明らかに変な表情になっている
「……どうしたの終ちゃん?」
「どうかしたの?終夜君?」
母とミナの二人が心配して終夜を見ている。
「……ナンデモナイヨ?……ちょっと表情筋を鍛えたくなっただけだ……」
終夜は相当に無理のある言い訳をした。本人もこれでどうにかなるとは全く思っていない。
「……そんなことで鍛えられるのかな?」
「嘘つきました。本当は寝起きで少しテンションがおかしいだけです。」
なのでミナに指摘された瞬間に別の言い訳を口に出す。おそらくさっきよりはマシな言い訳の筈だろう。
「それなら仕方ないかな。でも出来れば人が見てる所では抑えてね。」
「……がんばるよ。」
終夜は目を逸らしながらそう言うと、目の前にあった料理を食べ始めた。
「…………」
これといって話すこともないので終夜は黙々と朝食を食べ進める。
(ま、この時間じゃテレビもニュースくらいしかやってないしな。)
「ところでミナちゃん?終夜は今日学校があるんだけど……どうするの?」
「……えっと…ですね……」
そう聞かれた瞬間、ミナの目が怪しく光った。だが終夜は朝食を食べることに集中して気づいていない。
「あ、ヤバイ。もうこんな時間か。急いで食い終わって準備しないと。」
気がつけば時計の針は七時十分を指していた。十分後には友人が迎えに来るので急いで食べ終える。
「ごちそうさま!」
大きな声でそれだけ言うと、終夜は急いで自分の部屋へと向かった。
「……慌ただしいですね。」
「いつもこんな感じなのよ?」
二人は何ごともなかったようにそう話すと朝食を取り始めたのだった。
「……やっべええええ!まだ今日の授業の準備してねええええ!」
着替えを済ませて鞄を持って玄関に行こうとした時にそのことに気づいた。ここまでだいたい七分である
「えっと?何だっけ?今日の授業は……」
慌てながら時間割を確認すると授業に必要な教科書その他を荒々しく鞄に詰め込む。当然中に入っていた物は全て出してからだ。
「忘れ物は…よし!多分ないな。真人のやつは……げ!もう来てやがる!」
窓から外を見てみると、もう玄関前には友人が腕を組みながら待っていた。
「ぐおおおおおお!いっそげええええ!」
終夜は急いで鞄を持って、慌ただしく玄関へと向かう。そして靴を履き今まさにドアノブに手をかけたその時
「あら、もう行くの?」
ちょうどリビングから出て来たミナに話しかけられた
「あぁそうだよ!俺の友人がもう迎えに来たからな!……というかお前はどうするんだよ?ずっと家にいるんじゃ退屈だろ?」
「私?大丈夫大丈夫。退屈なんてしないから。暫く後を楽しみにしてなさい?」
ミナは口元をニヤリと歪ませて終夜にそう言った
「楽しみ?なんだそれ。……取りあえず俺はもう行くからな?妙なことするなよ?」
「それはどうかしら?それよりも誰か待たせてるんでしょ?早く行ったら?」
「……言われなくてもそうするよ!」
終夜は最後にそう言い放って荒々しく玄関の扉を開いた
「悪い!待たせた!」
「おっせーよ!何で今日はこんなに遅れたんだよ!」
彼の名前は木田 真人。終夜の親友だ。学校内で終夜が暇そうにしているところを見つけると、しつこく話しかけては勢いよく殴られる。
彼が主にする話は基本的にはゲームやアニメ。そしてオカルトに関することだ。
ちょっとした都市伝説のことから、悪魔や天使、妖怪に怪物、幽霊等に至るまで無駄に沢山のことを知っている
「……いや、ちょっと色々あってな。詮索しないでくれると助かる……」
「なら深くは聞かねぇけどよ……。取りあえずとっとと学校向かうぞ。遅刻なんてしたら軽い反省文だ。」
「……だな、本当にこの辺はそういう所は無駄に厳しいよな。」
ちなみに彼等の住む地域の学校は校則が比較的に緩い。しかし何故か遅刻に関してだけは妙に厳しいのだ。
反省文と言っても百文字以上書くだけでいいのだが、遅刻しただけで反省文というだけで大分厳しいと思う。
しかし彼等の学校はまだいい方で、よその学校では遅刻した時点で不規則に成績が一つ下がる所もあるらしい。
「同意。……基本的には緩いんだがなぁ……」
二人揃って愚痴を言いながらも彼等は足を動かしていく。
「あ、そう言えば昨日の続きなんだが、お前は悪魔って本当にいると思うか?」
真人がそう言った瞬間に終夜は盛大に吹き出した
「あ、悪、悪魔って……そんな話してたっけ!?」
「いや、してただろ。さてはお前完全に聞き流してたな?」
当然だろう。昨日学校から帰ってきた時点では終夜はそもそもオカルト全般を信じていなかったのだ。
「悪い…興味なかったから……」
「ひっでぇ!お前結構ばっさり言うよな!」
「別に普通だろ。仲が良くなる程に話し方が辛辣になるのは。そんだけ気を許してるってことだぞ喜べ。」
「……男にそんなこと言われても全く嬉しくねえ!」
そんなことを話したあとぶひゃひゃひゃ、と二人でバカ笑いを上げる。
「……で、答えは分かりきっているが一応聞いとく、悪魔は実在すると思うか」
「……実在するだろ。それも基本的には人間と殆ど変わんないのが」
「だよな…やっぱお前は直ぐに否定すると――いやちょっと待て」
いつもとは違う返答を返した終夜に真人は問い詰める
「どした?」
「いや…お前なんか悪い物では食ったか?今まで俺がこういう話すると言いきる前に否定してたのに」
「……至って正常だが?」
「いいや、違うね!いつものお前ならここは『は?実在なんてするわけがねえだろバカが、テメェの頭にゃ蛆でも湧いてんのか?ゴミめ』とでも言うところだろうが!」
「待て、何だそのイメージは。そういう存在の否定はたしかにしてたぞ?でもそんなに口は悪くねえよ!」
こいつの俺のイメージはどうなってるんだ……。と思いながらもしっかりと訂正を要求する。
そして、そんなバカなことを言い合いながらも足を進めていくと
「……なぁ終夜。あそこに明らかに困ってそうなひ――ちょ、おま――」
真人が言い切る前に終夜はなにやら困っている様子の少女に近寄っていく。
「すみません、なにかお困り事ですか?」
「え、あ……そ、そうなんです。実は……」
その少女はどこからか地図を取り出し、学校の近くの建物を指さした
「ここに行きたいんですけど……行き方が分からなくて」
「……あぁ~そこですか。……いいですよ、折角なので案内します」
「え!?……悪いですよ!その格好を見ると学生さんですよね?登校時間が過ぎちゃいますよ!?」
少女は慌てながら、自分で探しますから!と終夜を気遣っている
「いえいえ、大丈夫ですって!ちょうどここなら通学路の範囲ですし。それぐらいの余裕はありますので」
「あ……。ありがとうございます。そういうことならご厚意に甘えさせていただきます」
「はい、任せて下さいな」
一言だけそう言ったあと、終夜は少女を連れて真人の元へと戻った
「……何だったんだよ。」
「いや、この子が道に迷ってたから案内してあげようかと。」
終夜が正直にそう言うと真人は呆れたように不満を伝える。
「……俺ら今登校中だぞ?そんな時間ないだろうが。お人好しも大概にしておけよ。」
「いやお人好しじゃないし……別にいいだろ?学校の近くなんだから」
学校の近くと聞いて多少安心したのか、真人はやれやれといった感じで終夜に聞いてみる
「……ならいいけどさ。どの辺だよ」
「学校の目の前」
「近いってレベルじゃねえなオイ!」
補足すると、学校の目の前とは言うがどれぐらいの距離かと言うと……だいたい二メートル程である。
「あ、あの。よろしくお願いします!」
「君も君でマイペースだね!?」
そんなこんなで漫才もどきをしながらたいしたトラブルもなく進んでいったのだった