朝になりました
ちゅんちゅんと小鳥の囀りが聞こえてきた。夜はすっかりとなりを潜め。朝日が昇っていく
「………………」
寝起きでローテンションなのか、何も言わずに終夜は目を覚ました
「………………」
眠気を少しでも吹き飛ばすために黙って顔を洗いに行くためじ立ち上がる。ふと、そこでベッドの方へと目を移した
(……やっぱり夢じゃなかったんだな)
ベッドの上には悪魔の少女……ミナが気持ちよさそうにすやすやと眠っている
(それにしても……眠っていれば本当にただの女の子だよな……昨日はいつの間にか角と羽も消えてたし)
ぽけ~っとしながらミナの寝顔を見ていた終夜だったが、流石に女の子の寝顔をマジマジと見続けるのは悪いと思ったのか直ぐさま思考を切り替える
(おっといけない。早く顔洗ってこよう)
終夜は昨日の夜のことを思い出しながら洗面所へと向かっていった
「うちの親は何考えてんだああああああ!」
部屋に戻ってきた終夜は、まさかの決定に漫画のように手を突き出しながら叫んだ
「落ち着きなさい、近所迷惑よ」
そしてそんな終夜にミナは淡々と静かにしろと促す。が――
「こ・れ・が!落ち着いてられるかああああああ!」
一向に落ち着く様子はなく、むしろどんどんヒートアップしていく
「…………」
「お前はいいのか!?一応言っておくけどな!男子高校生なんて年がら年中エロいことばっか考えてる生物だぞ!」
「…………」
今のミナは一見すると黙って終夜の話を聞いているように見える。正真正銘の日本人である終夜には分からないが、彼女は今魔力を練っている。
「そんな所に美少女をその生物の部屋に放り込んで見ろ!深夜になれば餌食だぞ!もし俺が変な気を起こしたら――」
「うるさい」
そう言うと、彼女は練っていた魔力を使って終夜の頭に小さな吹雪をぶつけた
「……頭は冷えた?」
「……はい、しっかりと。……まさか物理的に冷やされるとは……」
よろしい、と一言添えてから彼女は答える
「……大丈夫よ、アンタは絶対にそんなことしないって信じてるから」
「……それは…まぁ…嬉しいが」
ミナはこちらに来る前に終夜のことはしっかりと調べてきている。……いやそれでは少し語弊があるか。正確に言えば終夜のことはずっと見ていたのだ。
だからこそ、終夜が故意的に人の心を傷つけるような人物ではないとミナは分かっている
「……それに、もし人間にそういうことをされたとしても直ぐに撃退できるからね」
「……だよな」
……終夜は直ぐに撃退可能という言葉を聞いて、少しだけ安心した
「もっと付け加えるならアンタにはそんなことする度胸ないだろうしね」
「……分からないぞ?そのうち理性が吹っ切れて襲い掛かるかも」
「もしそうなったら今度は燃やしてあげる」
「燃や……!……肝に銘じておくよ」
終夜はミナを襲う気など毛頭なかったが、それでもやはり燃やされたくはないので絶対に理性を失わないようすると心に決めた。
……彼女自身は冗談のつもりで言っただけなのだが
「……それで?私はどっちで寝ればいいの?」
「……あぁ、たしかにそれを決めないとな」
どっち……というのはベッドと床に敷いた布団のどっちかで寝るかという問題だ。別に布団は硬いって意味ではないのだが、何故かこういうのは男子が譲るのが当然という風潮があるよね
「……取りあえず俺が布団で寝るよ。だからミナはベッドで寝てくれ」
「……本来の部屋主はアンタでしょ。私が布団でねるからアンタはベッドで寝なさい」
そして謎の譲り合い戦争が勃発しかけるまでがワンセット。使い古されたパターンである
「いや、俺はいいよ。別にベッドじゃなきゃ寝られないってわけでもないしな」
「……じゃあ、一日ごと交代しましょう。譲り合いが行き過ぎると喧嘩になるからね」
当然だが互いが悪意をぶつけると当然喧嘩が始まる。これは全ての生物に共通することだ。しかし人間というのは不思議な物で、お互いが善意を言い合っても喧嘩になるのだ。……つまりこの場合は終夜が原因で喧嘩が起きる
「じゃあそれでいいか。……にしても今日は妙に疲れたよ。もう寝る」
「そ、なら私も寝るわ。でもその前にちゃんと歯磨きしなさいよ」
「おう」
終夜は歯を磨くと特筆することもなく、布団を被り一夜の眠りについた
(……昨日の今頃の俺に『お前は今日から悪魔と同居することになるぞ』なんて言っても絶対信じないだろうなぁ)
と、そんなこと下らないことを考えているうち終夜は洗面所に着いた
「………………」
蛇口から流れてくる水を両手に貯めて顔にかける。それを2~3回繰り返しタオルで拭く
(そう言えばまだ時間の確認してなかったな……寝過ごしてなきゃいいんだが……)
今の時間を気にしながら終夜は再び自室へと向かう。眠気はすっかりと消え失せたが、足音を立てる訳にもいかないのでゆっくりと階段を上っていく
(……ついでにミナも起こしておくか。……いや、でも起こされたくないって可能性もあるよな……もしそうだったら……)
確実に魔法をくらうだろう……と考えながら自室の扉の前まで着いた
(……よし、自然に起きるまで待った方がいいな!)
結局自分の身の安全を取った終夜はそのままミナを寝かせておくことにした。そしてそのまま自室の扉を開くと――
「おはよう終夜。今日は随分と早いのね」
「……起きてたのか」
起こすまでもなく既にミナは起きていた。取りあえず魔法をくらう心配は終夜から消え去った
「まあね、私達に取っての睡眠はただ魔力を回復・活性化させるための手段なの。生きるだけなら眠る必要はないわ。……流石に食事は必要だけどね」
ミナは別に終夜が聞いてもいないことを喋りだした。表には出していないが舞い上がっているのだろう
「……いや、別に聞いてないし。いつ起きたんだよ」
「ちょうど今よ?魔力を少し使えば眠気なんて直ぐになくなるから」
「……魔力ってそんなことにも使えるのか……。それは少し羨ましいかも」
「条件を飲めば私の魔力の一部を分けてあげてもいいけど?」
「マジで!?」
……まぁ悪魔が条件というのならそれが何なのかは言わなくても分かるだろう
「本当よ、だから私の呪いを受け入れなさい。それが条件。それが魔法を少しでも使うための契約よ」
「……やっぱまだいいわ」
終夜がミナからの求婚を断り続けているのは単に自分がミナのことをよく知らないからだ。別に彼女からの気持ちを受けたくないからではないのだ
「……いつか絶対認めさせてあげるから」
「……認められるようにこれから君のことを知りたいんだがなぁ。やっぱりこればかりは時間の問題だろ」
何でもかんでも自分のことを教えて貰っても、それでは本当の意味で相手を知ったことには恐らくならない。
長い時間の付き合いをすることでようやく相手のことが分かるようになるのだ。……そもそも自分の力だけで自分を全て知ろうとするなんておこがましいよね!
……終夜が知りたいのは彼女自身も分かっていないことなのだ。よくあるよね?相手の方が明らかに自分のことを分かってるってこと
「……で?今の時間は……六時四十五分ね……そろそろ母さんも朝飯作ってるだろうしリビングに行こうぜ?」
「……えぇそうね。私も直ぐに着替えておくわ」
「……着替えは俺のしかないんだが……当然男物だがそれでいいか?」
「それでいいわよ。魔力で適当に編んでもいいんだけど流石に怪しまれるかもしれないからね」
魔力って本当に凄いな……と思いながらも終夜はリビングへと向かった
なおその後のミナは……というと
「……えっと、終夜の服はたしかここの引き出しだったはず……うん、あってた。どれにしようか」
大義名分を得たためにタンスの中を軽く漁りだしたのだった