プロローグ2
「こっちにも準備ってものがあるんだから!」
「……え?」
少女からの思いも寄らない言葉に終夜は困惑していた。
(準備?……どういうことだ?ここに現れたって時点で既に呪う準備は出来たってことだよな?……というか俺がイメージしていたこととかけ離れてるような……)
前述した通り、現在の彼女からは殺意は少しも感じられない。それはいったい何故なのか、終夜は思考を張り巡らせている
(ひょっとして、呪いっていうのは対象者に面と向かってなきゃ効果が発揮できないとか?何か特殊な道具が必要で、それを準備出来なかったとか?)
「―――と―――る?」
現在彼女は終夜に向かって話しかけている。しかし考えに意識を向けている今の終夜には全く届いていない
(もし、そうだとしたら俺の判断は正しかったことになるか?呪いの準備を済まされる前だったていうなら俺は助かったわけだし)
「お―――――えてる?」
少女が一生懸命に声を掛けているが終夜はそんなことに気づかずに未だに思考を止めない
(いや……でも、他にも何か可能性が……)
「無視するなーー!」
「うおぅ!!」
ずっと自分を無視して考え事をしていた終夜にしびれを切らしたのか、少女は終夜の耳元で大きな声を出した
その目には少しだけ涙が浮かんでいる
「な、なんだよ……やっぱり殺すのか?やるのなら考える暇もなく一瞬で終わらせてくれよ……」
「殺すか!そんなことしないわよ!私はただ……」
どうやら自分を殺すつもりはないと知った終夜はなんとか安心した。ただ後半はぶつぶつと言っていて何も聞こえなかったのだが
「……まぁいいでしょう、今のアンタはこの状況がよく分かってないみたいね。聞きたいことがあるなら答えてあげるからなんでも質問してみなさい」
(……あれ?ひょっとして俺が勝手に怯えてただけでこの子って結構フレンドリー?)
そんな考えが自分の頭をよぎり、彼女への恐怖は殆ど薄れていた。ほんのすこし肩の力を抜き終夜は一番の疑問を聞いてみることにした
「な、なら聞くぞ?君は悪魔ってやつなのか?人間にはない角とか羽とかが見えるんだけど」
「そ、アンタの言うとおり私は悪魔。それもただの悪魔じゃないわ、大悪魔よ。……その中じゃ知名度も力も殆どないけれど」
彼は彼女の答えに驚愕した、まさか大悪魔であるなんて思いもしなかったからだ。オカルトを信じていなかった彼だがオカルト好きの友人の影響である程度の知識は持っているのだ
「だ、大悪魔!?な、なんでそんな大物が俺なんかの所に出向いてきたんだ!?」
「べ、別にいいじゃないそんなこと!それよりも!なにか別の質問はないの!?」
彼女は少しだけ顔を赤くし、少しだけ怒りながら彼にそう言った。
しかし、終夜にはこれ以上何か質問したいことはないが最後に一つだけ聞いてみることにした
「じゃあ最後に聞くぞ?君は本当に俺に何か危害を加える気はないんだな?」
「そう、私にはアナタを殺す気は一切ありません。はい、これで満足?満足ね、それじゃあ本題に入――」
彼女の言葉を遮り終夜は新たな疑問を口にした
「ちょ、ちょっと待ってくれ!危害を加える気がないならなんで呪いなんて――」
「最後までしっかり聞きなさいよ!それを今から説明してあげようと思ってたのに!せっかくいける気がしたのにどうして遮ってくるのよ!」
話を遮られた彼女は今までで一番怒っている。当然だろう、彼には知るすべはないが彼女は自分でも言っている通り勇気が必要な話をしようとしていたのだから
(ま、まずい……つい話を遮ってしまった。これで機嫌が悪くなって、やっぱり殺すとかにならないよな……あ、謝らないと……)
機嫌を直すために彼は即座に謝る姿勢に入る
「わ、悪かった……暫く黙っておくから続きを話してくれ」
声を出さないように自分の口を手で塞ぎ、真面目に話を聞くために正座をした
「……少し待ってて、私も自分の心を落ち着かせるから」
”なんで心を落ち着かせる必要があるのだろう?”そんな考えを頭に浮かべながらも、彼はそのまま3分ほど待ち続けた
「――よーし、覚悟完了、今からしっかり教えてあげるから驚かないことね!」
「お、おう。分かった」
そして彼女は彼の目の前ですぅ~と深呼吸をした。その頬は少しだけ赤くなっている
「ア」
「あ?」
終夜が一言そう聞き返し、そして彼女は吃音を出しながらも答えた
「ア、ア、アナタには!私と結婚しないといけない呪いが掛かりました!」
と、そう言ったのだ
「え?」
当然のことながらも彼は戸惑った。”え?どゆこと?結婚?この子と?それが呪い?あれ?全然理解出来ないよ?”
と、そんな思考が彼の頭を埋め尽くしている。
「ごめん、理解出来なかったからもう一回言ってくれる?」
「に、二度もこんなこと言えるかバーカ!」
鈍感な終夜にもはっきりと分かるほどに彼女の頬は赤く染まっている。
「そ、それってつまり君は俺のこと……」
「い、一応言っておくけどね!私の意思じゃないから!配下の悪魔が『そろそろ結婚でもしたらどうですか?』って言って勝手に決めただけだから!アナタのことが好き……ってわけじゃないから!」
彼女は終夜の言葉を直ぐに否定した。口では否定しているけれど今の彼女の心の中は後悔で埋もれているのだが、当然そんなことを終夜が知るわけがない
「そ、そうなのか……流石にそこまで強く否定されるとは思ってなかったな……」
「違うのよ?たしかに否定はしたけど嫌いってわけじゃないのよ……?」
彼女はハッキリとしたことは言わない、それでも彼のことが嫌いではないということだけはしっかりと伝える
「た、ただなんというか……面と向かって素直になるのは恥ずかしいというか……」
彼女は必死に弁解した。だが肝心の理由は声が小さすぎて全く聞こえていない
「……ごめん、よく聞こえなかった」
「もういいじゃない!私が言うことなんていちいち気にしないで!」
そう逆ギレしてしまったが、この少女は別に怖くないとようやく認識した終夜は全く動じない
「うん、了解。取りあえずさっきなんて言ったのかは気にしないようにするよ」
「そ、そう。いい心がけね……大悪魔である私を妻に迎えるのならそれぐらいの度量がな――」
しかし恐怖心がなくなるということは当然失礼なことを言うにも抵抗がなくなるわけで……
「ところで関係ないけどさ……君、大悪魔って言ってる割りに一部だけ小さくない?」
彼女の言葉を再び遮り終夜はとんでもない発言をした。……ちょっとだけからかってやろうという気持ちでセクハラまがいの言葉を吐いたのだ
「っ!」
「グフゥ……!」
そして今まで受けたことのない程の鋭い蹴りが彼の腹部に命中した。当然のことだが非は彼にあるので仕方ない
「小さくて悪かったわね!でも蹴った事は謝るわ!ごめんなさい!」
「……完全に今のは俺に非がありすぎた……うん、俺の方こそ悪かった!」
終夜の方が九割九分ほどの非があるので別に彼女が謝る必要はないが、とにかくお互いに謝罪をして、本題に戻す
「……この話はこれで終わりにしましょう?だって大きさの話なんてつまらないものね!だってつまってないものね!」
……ことが出来ず彼女は突然自虐的に話し出してしまった
「え、ちょっと……?」
「どうしてなの?力では比べものにならないのに、なんであいつら大悪魔である私よりも大きいの!?」
「……聞こえてる?」
終夜が声を掛けるが、どんどん彼女の自虐はヒートアップしていく
「というか絶対にあいつら私のこと見下してるわよね!?なんで私のことを見るときに毎度視点を下に移して勝ち誇った顔をしてくるの!?」
「……おーい」
収まる気配は全くなく、声量もどんどん大きくなっている。一応下の階には親がいるわけだが、どういうわけかこれだけ騒いでいても階段を上がってくる気配もない
このままではこの話は終わらないと判断し、彼女を落ち着かせるために終夜は大きく息を吸い始めた
「別に私はあいつらのことを雑に扱ったりした覚えないのに……なんなのよ……大きければ何よりも偉――」
「落ち着け!!」
終夜自身も驚くほどの大きな声は部屋中に響き渡り、ようやく彼女の耳に届いた
「……ごめん、ちょっと熱くなっちゃったわ」
ここまで取り乱した彼女を見て彼は決めた。“これからは大きさのことでからかうのはやめておこう”と
「うん、本当に悪かったな」
「……もう二度と言わないわよね?というか私に限らず女の子にああいうこと言ったら駄目だから」
今の彼女が終夜を見る目はドライアイスのように冷たかった。
「……そうするよ、だから冷たい視線送らないで、凍りそうな気がする」
彼にとってこれは比喩でもなんでもない、現に今体が凄く冷えている
「仕返しぐらいはいいじゃない。私は酷いセクハラを受けたんだもの。やろうと思えば見つめるだけで人なんて凍らせられるわよ?」
「……ほんとすいませんでした。止めて下さい凍らせないで下さい」
凍死はしたくないので今までの人生の中で恐らく一番真剣に謝った。
「いいわ、許してあげる。でも今回だけだからね!次やったら本当に死なない程度に凍らせるから」
「……ありがとう。今度から自重します」
「よろしい」
彼女は一言だけそう言い、今度こそ元の話の戻った
「……なぁ結婚とかもう決定事項なのか?配下が勝手に決めたんだろ?嫌じゃないのか?」
「別に嫌じゃないけど……ひょっとしてアナタは嫌なの?」
終夜は嫌ではないかと聞いたが、彼女は否定した。そして不安になりながらも彼に聞き返す
「……だってまだお互いのこと全然知らないだろ?少なくとも俺はまだ君の名前すら知らないぜ?だからさ――」
友達から……と口にしようとした。だが、それを言う前に彼女は聞き流せないことを言った
「私はアナタのことは何でも知っているんだけど」
少しだけ言いにくそうに、そしてうっかりとストーカー扱いされかねないこと口走ったのだ
「!?」
「当然じゃない、私は悪魔、大悪魔よ?対象のことをしっかりと監視するのは当たり前よ?」
ちなみに彼女、口では当然だろうというように喋っているが、内心はとても焦っている
(ど、どうしよう……少しだけ口が滑っちゃった。どうにかして誤魔化さないと……)
誤魔化そうとした結果が当然だと主張することになった辺りが彼女の不器用さが覗えるわけだが
「おまっ……当然って――」
「し、しっかりと相手のことを知りたいって思うのは悪いことかしら?」
取りあえずそれっぽいことを言っておけばどうにかなる……とでも考えたのか、彼女は一見正論のようなことを言った
「――悪くはないと思うけど……」
「でしょ?それに悪いことだとしても私は大悪魔だもの、何も問題はないわ」
要約すると”当然のことなのだから自分には非なんて存在しません”というのが彼女の言い分だ、まぁそんなのは人間からしてみれば関係ないことなのだが、今の彼女にはそんなこと考える余裕もないのだ
「……悪いことするから悪魔なのか?俺が友達から聞いた話とは違う気がするんだけど……」
悪魔というのは大きな代償を引き替えに呼び出した者と契約するものというのが一般的な知識だ、だが彼女の口からは悪いことをするから悪魔……という風に感じられる
「そりゃそうよ、よその世界ではどうなのか知らないけど、悪魔って言っても基本的には人間とあまり変わらないわよ」
「じゃ、じゃあ悪魔って人間のことはどう思ってるんだ?」
「ビジネスのお得意様ね、知られてないだけで案外悪魔と契約してる人間って多いのよ?」
それからも終夜は彼女に悪魔についての話を聞いた。例えば契約の代償、よく魂などと言われるが実際はそんな大層なものではなく人間と同じく通貨を使うと彼女は答えた
「人間だってビジネスに置いて契約……約束事は絶対でしょ?私達悪魔も似たような物なの。通貨は魔界に戻る時には自動変換されるから問題ないわ」
「……そういうものなのか」
「そういうものなのよ、結局知性ある種族はどこに行ってもお金が必要ってこと、人と悪魔の違いなんて戦闘能力の大きさだけ。理解出来た?」
彼女は最後にそう締めくくると、ふと思い出したように再び口を開いた
「あ、そういえばまだ私自身の自己紹介はしていなかったわね。……知りたい?私の名前」
「……当然だろ、俺は君の名前が知りたいさ」
問われた終夜は彼女に問い返した。君の名前を教えてくれ、と
「そ、ならいいわ。教えてあげる。――私の名前は」
少女は一拍だけ呼吸を置きそして口にする
「ミナ、……これからよろしくね?」
こうして二人の日常は始まりの幕を開いた。さて、色々とあって悪魔から求婚を迫られた終夜はその気持ちにどう向き合っていくか
どんな日常が彼等を待ち受けるのか、それはまだ誰も分からない。
夕日が沈み、人通りが消え去り、街灯の照らす町中で一人の少女がたたずんでいる
その少女の手には紙がしっかりと握られている
『地上に大悪魔の気配を感知。速やかに始末せよ』
「さて……お休みを入手するためにもお仕事は早く済ませましょうか!」
プロローグ終了です。更新ペ-スは遅い方なので気長に待ってあげて下さい